工学系私大で産学連携が活性化 ヘルスケア分野における産学官連携

神奈川工科大学 創造工学部 ロボット・メカトロニクス学科 高橋 勝美

 

神奈川工科大学は、建学の理念に「本学は広く勉学意欲旺盛な学生を集め、豊かな教養と幅広い視野を持ち、創造性に富んだ技術者を育てて、科学技術立国に寄与するとともに、教育・研究を通じて地域社会との連携強化に努める」と謳(うた)っており、地域社会との連携に力を入れている。地域企業からの各種相談に対応したり、共同研究等積極的に推進したり、産学連携に力を入れている。研究成果を世の中に出すために7年前に創立50周年記念事業の一環で先進技術研究所を設立した。大学と企業が密に連携し、3年で成果を出すことを目的にいくつかのプロジェクトを進めてきた。

本稿では、第2期目の一つのプロジェクトについて紹介する。

 

プロジェクトの背景

2020年9月での日本の高齢化率は28.7%であり、少子高齢化が急激に進んでいる中、高齢者の健康の維持・向上は緊急の課題となっている。2013年、第4次国民健康づくり対策、健康日本21(第2次)では、健康寿命の延伸・健康格差の縮小が重要視されている。また、2007年に日本臨床整形外科学会は、介護が必要となる要因の一つに「運動器の障害」を挙げ、ロコモティブシンドローム(以下「ロコモ」)の対策が必要であるとしている。2014年9月、日本学術会議臨床医学委員会運動器分科会において、「超高齢社会における運動器の健康 −健康寿命延伸に向けて−」の提言で、①運動器の健康の重要性に関する社会への啓発活動、②運動器学に関する学問の推進、③健康寿命延伸に向けた運動器学の総合的研究支援体制の構築、④運動器の健康の指導を実践する人材の育成、⑤運動器検診に関するエビデンスの構築、⑥運動器障害者の身体活動低下に起因する健康障害の予防、を提言した。高齢社会における健康施策の第1は、健康寿命の延伸であり、自立機能を維持することである。現在では、「人生100年時代」ともいわれ、100歳まで元気に生きるためには、運動器の機能維持が必然である。そのためにも、自分の運動器の機能がどの程度のレベルなのかを知っておくことが重要である。そこで、健康データの見える化を目指して生体計測機器、動作解析機器を開発・販売などスポーツ科学分野で事業を展開する株式会社Q’sfix(キューズフィックス)と産学連携でロコモの状態を評価する測定システムの開発を、先進技術研究所2期目のプロジェクト「AIとIoTを活用した『地域健康診断システム』の開発」というテーマで始めた。

 

プロジェクトの内容

ロコモティブシンドロームの問題は、加齢による筋量の低下(サルコペニア)と筋力の低下(ダイナペニア)に伴う歩行機能低下、転倒リスクの増加によって、日常生活活動量や社会参加の機会が減少し、認知機能低下のリスクが高まることである。ロコモの予防は、健康寿命の延伸の重要課題であり、そのためにロコモの状態の見える化に取り組むことにした。そのために、Q’sfixの役割は、筋肉量、筋力、歩行機能(歩行速度、歩幅、歩行率)、認知機能の測定機器を、一つの総合的な結果としてリアルタイムで測定参加者にフィードバックできる「KAITスマート運動器チェックシステム」を構築することであり、筆者(大学)の役割は、このシステムを用いて高齢者の測定(最大で約800人のデータを測定)を行い、測定結果から各測定項目の評価基準を作成し、システムに提供することであった。 

しかしながら、ロコモ評価を広く啓発するためには問題点があった。それは、このシステムを用いて測定を実施する場合、複数の機器を取り扱うために、測定場所のスペースや測定者の確保、機器が常設できない場合には測定の準備および片付けの手間などがある。ロコモ評価を広めるためには、いつでも、どこでも、誰にでも簡単にセルフチェックができることが望ましい。そこで、測定システムの実用化に向けQ’sfixを中心に、測定する装置を一体化させたコンパクトな機器で、狭いスペースでも常設可能であり、音声ガイドや画面によるガイドによってセルフチェック可能な機器を開発した。それが「健幸aiちゃん」である。

この装置には、運動機能評価とアンケート調査の2種類があり、運動機能評価では、「KAITスマート運動器チェック」から最小限の測定項目に絞り込み、評価内容は、脚力、歩行機能、認知機能の3項目とした。アンケート調査では、日常生活の活動量や「生きがい」などの調査および評価が可能である。「健幸aiちゃん」で測定されたデータは、リアルタイムで測定者にフィードバックができるとともに、「健幸aiちゃんクラウド」に保存され、これらのデータは、神奈川工科大学研究ブランディング事業の先進高齢者支援システム(KSC-P、本学ホームページ参照)として利用される。現在、「健幸aiちゃん」およびそのポータブルは、研究ブランディング事業として本学施設を軸に、地域サロン(学民連携)、一般社団法人海老名市医師会や病院(学医連携)、鍼灸(しんきゅう)・整骨院(産学連携)、神奈川県立スポーツセンター(学官連携)、青森大学(大学間連携)の施設に設置した。筆者(本学)の役割は、設置した先の連携組織と、それぞれの地域やそれぞれの専門性の立場からロコモ評価を通してロコモ評価の重要性や生活習慣の改善の重要性の啓発活動を行い、「健幸aiちゃん」およびそのポータブルが広く設置され、地域住民の健康づくりに寄与することである。また、健康づくりは、データの見える化だけではなく、実際に運動することが大切である。運動を通しての社会参加やコミュニケーションを行うことがフレイル予防としても重要となる。現在、地元のスポーツクラブを運営する一般社団法人スポーツミームと産学連携を結び、本学が持つ施設では測定だけではなく運動指導の実践も行うことで、運動介入による健康づくり効果の検証と継続的なデータ収集および継続的な運動指導の体制も構築している。 

筆者と海老名市医師会との連携の中で、医療・介護データのデジタル化の中で、医師が診察する患者の過去の診察状況、服薬状況、生活背景、健康状態等のデータが一目で分かる電子手帳(仮称)が欲しいとの話があった。そこで、筆者と産学連携しているQ’sfixと菱電商事株式会社を加えて、海老名市医師会に電子健康手帳の提案を行い、海老名市行政を加えて海老名電子健康手帳(仮称)の制作に取り組むこととなった。海老名電子手帳の理念は、今後保健医療情報は、マイナポータルを介して情報を得ることができるが、それに加えて患者や高齢者のみならず幅広い年齢を対象とした一般市民の衣食住情報(生活習慣データ、運動・健康データ、栄養データ)が、マイナポータルで開示される医療データとともに一体化した手帳とすることであり、それによってより良い医療の提供、生活アドバイスが可能となる手帳を目標に現在進行中である。

 

今後の展開

国の健康保険法などの一部改正により、「高齢者一人一人に対し、フレイルなどの心身の多様な課題に対応したきめ細やかな保険事業を行うため、運動、口腔、栄養、社会参加の観点から、市町村における保険事業と介護予防の一体的な実施を推進する」となった。厚木市でも2021(令和3)年度から取り組みが開始されることとなった。現在、厚木市と協働して「健幸aiちゃん」を用いた健康データの見える化を軸にモデル事業を展開する予定である。その内容は、保健事業ガイドラインにおける「通いの場等を活用したフレイル予防の普及・促進、健康教育・相談の実施、必要なサービスへの紹介等」、「地域の関係団体等との連携」、「高齢者の社会参加の推進」という観点である。このような高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施事業は各自治体で進められている。厚木市をはじめ、本学近隣の愛川町とも包括連携に関する協定に基づいて、「健幸aiちゃん」を用いた介護予防事業の展開が進められている。今後、フレイル予防の取り組みとして、単なる運動教室ではなくデータに基づく運動効果の見える化が進められると考える。 

身体の健康度(客観的なデータではなく概念)は、生まれたときを基準として、就学が終わったころから低下傾向にあり、後期高齢者あたりから急激に低下していくと考えている(図中赤線)。健康日本21に謳われている健康寿命の延伸・健康格差の縮小とは、生涯を通して基本的な健康活動(運動・栄養・休養+社会参加)を行うことで、加齢に伴う身体健康度の低下率を減少させることが健康寿命の延伸であり、高齢期におけるフレイルを予防することが可能になると考えている。これからのヘルスケア分野は、高齢期ではなく青年期から健康志向となるようなサービスや健康活動がしやすい生活および社会環境づくりを、行政や民間、またそれを検証する大学が連携することで国民の健康支援に寄与することが大切だと考える。