東日本大震災の発生から11日で12年が経過する。高さ17メートルの津波により大きな被害を受けた岩手県陸前高田市は道路や橋、建物といったハード面の復興が完了し、災害の伝承と観光を合わせた「復興ツーリズム」による観光客誘致に力を入れる。被災した市職員に当時の状況や現在の町の様子、地元の魅力を聞いた。(Sデジ編集部)

 陸前高田市は復興を支援する職員の出向などを通じて島根県松江市と縁があり、現在もイベントで特産品をPRするといった交流が続いている。陸前高田市観光交流課の熊谷直樹課長補佐に、オンラインで話を聞いた。

 熊谷さんは2月12日、松江市末次本町のカラコロ広場で開かれたイベントで陸前高田市産の大型のカキをふんだんに使ったクラムチャウダーなどを振る舞った。同市出身で、ワールドベースボールクラシック(WBC)で侍ジャパン入りした佐々木朗希投手(ロッテ)のポスターを掲げたブースは、多くの家族連れで大盛況。地元の英雄は、震災から12年を迎える3月11日、WBCのマウンドに立つことが濃厚。訪れた記者や来場者に誇らしく語っていた熊谷さんの姿が印象的で、今回の取材を打診し、快諾してもらった。

▽ともに避難した人が犠牲に

 熊谷さんは震災発生当日、同市高田町にある市役所庁舎で勤務中だった。強い揺れを感じ、ほかの職員らと近くの公園に避難したが、まもなく津波が発生した。避難していた人たちはそれぞれ、近くの高い建物へと急いだ。

 熊谷さんは庁舎の屋上へ避難し無事だったが、すぐ目の前にある市民文化会館は津波に対して高さが足りず、避難した人たちが犠牲になったという。ともに働く職員や市民が津波の犠牲になるのを目の当たりし、言葉を失った。翌朝、被災して変わり果てた町を駆け抜けて高台へ避難し、ともに逃げた職員や市民と避難所で過ごした。

 携帯基地局の倒壊などによる通信障害で携帯電話がつながらず、家族の安否も分からなかった。不安を抱えたまま、熊谷さんは市職員として全国から届いた救援物資の配布といった支援活動に従事した。

 警察署員の人手が足りず、避難所内の安置所に犠牲者の遺体を並べる作業もした。水分を多く含んだ遺体や幼い子どもたちの遺体が並ぶ様子、行方不明の家族が見つからず毎日、探しに来る人、「やっと見つけた」と遺体に駆け寄る人―。衝撃的な光景が広がる避難所での日々は、めまぐるしく過ぎた。

 幸い、熊谷さんの家族は無事だった。熊谷さんが救援活動をしているとの噂を聞いた家族が避難所に駆けつけ、再会を果たすことができた。

 多くの自治体職員が経験しないであろう過酷な仕事に取り組む中、ショックで落ち込む同僚もいたが「亡くなった方が多く、生き残った人で協力してやっていこうという雰囲気があった」(熊谷さん)。なるべく悲観的にならないよう、前を向かねばと自分を奮い立たせ、目の前の仕事に集中した。

▽明るい側面にも目を向けて

 震災直後、中心市街地は津波による被害で壊滅的な状態だったが、12年かけて復興工事が進み、道路や橋、建物といった市のハード面の復興は2022年度をもって完了するという。

 震災発生後に約10メートルのかさ上げ工事が行われ、海岸には高さ12・5メートルの防潮堤を設置。基盤を作った上で道路などの復旧が進み、2022年12月、市内の気仙川に架かる「誂(あつら)石橋」の開通をもってインフラ面の復興が完了した。

 かさ上げした土地に市庁舎といった建物も再建し、22年7月、市立博物館が完成。建物関係の復興も完了した。

 市内の道の駅や観光施設も営業を再開し、にぎわいが徐々に戻ってきた。新型コロナ禍の影響で数年間、県外から観光客の足が遠のいたが最近は再び、修学旅行生や個人旅行者の姿を見るようになったという。修学旅行生は東北地方を中心に関東や東海地方からも訪れ、気仙町にある国立津波復興祈念公園などで防災を学んでいる。

 市は2022年度から、豊かな自然や海の幸を体感してもらう「ブルーツーリズム」を押し出している。例えば、海の青色と葉の緑色のコントラストが美しい高田松原海水浴場は地元民にも人気のスポット。津波で崩壊した砂浜の復旧が完了し、海水浴シーズンは美しい景色の中で海遊びを楽しめる。

 カキやホタテをはじめ海産物の養殖が盛んな特徴を生かし、漁業者の船や観光いかだで養殖施設を周遊してもらうプランも企画している。陸前高田市産のホタテは大ぶりな身が特徴で、県内外で高く評価されている。カキは東京の豊洲市場で最高評価を受ける。市オリジナルの高級貝「イシカゲ貝」は地元以外では豊洲市場にだけ流通し、ホタテの甘みとアサリのうまみを感じられるという。

 熊谷さんは「震災に関する学びも重要だが、美しい自然、豊かな環境で育った海産物など本来の陸前高田市が持つ明るい側面も知ってもらいたい」と力を込めた。熊谷さんから話を聞き、東日本大震災の被害のすさまじさにあらためて恐怖を感じた。ただ、大規模災害の被害や防災について学ぶだけでなく、自然やグルメといった現地の魅力にも目を向けながら楽しむことも必要だと思った。

 新型コロナ禍による旅行自粛ムードが和らぎ、久しぶりに遠方で観光を楽しもうと考えている人も多いのではないだろうか。出雲空港(出雲市斐川町沖洲)からはフジドリームエアラインズ(FDA)運航の仙台便が発着し、山陰両県から東北地方へのアクセスは昔ほど難しくない。漁業や観光業が盛り上がれば、地域にもっと元気が出てくる。ハードの整備がほぼ終わり、復興が進む今だからこそ取り組める被災地支援だと感じた。