「べるもんた」に乗ってきた。と、書いても鉄道愛好家以外には、何のことかさっぱりわからないだろう。
《キハ40は中高年の鑑(かがみ)だ》
「べるもんた」といっても、ケチャップ(それはデルモンテ)でも、もんた&ブラザーズ(若い人は知らないだろうが)の後継グループでもない。
「美しい山と海」をフランス語に訳した「ベル・モンターニュ・エ・メール」(Belles montagnes et mer)を列車名にしたもので、略して「べるもんた」。
フランス語ならハイカラでカッコいい、という鹿鳴館時代以来の心根を感じないわけでもないが、まぁよしとしよう。
金沢まで北陸新幹線が開業した10年前。JR西日本は、隣の富山県も盛り上げねばまずいと思ったのだろう。キハ40形を改造し、JR城端(じょうはな)線と氷見線に期間限定の観光列車として登場させたが、好評につき今年もめでたく運転されている。
それにしても国鉄時代の昭和52年に誕生したキハ40形とその仲間たちは、車歴40年を超えても各地で活躍している。
先週紹介した「かんぱち・いちろく」も仲間のキハ47形を改造したもので、内装をがらりと模様替えし、観光列車として生き残っている。国鉄時代の車両は、武骨だが頑丈なものが多い。まさに中高年の鑑である。
《サンケイ3号君が登場》
5月某日、新高岡駅の改札口でサンケイ3号君と待ち合わせる。昨日までの九州シリーズの主役・サンケイ君は、第1シリーズからの相棒なれど、東京から遠く離れた支局で孤軍奮闘中なので、そう再々呼び寄せることはできない。2号君は、わが社の社員ではない(その割には今シリーズの終盤に登場するが)。というわけで、強力助っ人として3号君に登場願った。
何しろ3号君は、写真がうまいばかりでなく、昨年元日に起きた能登半島地震では、いち早く現地に飛び取材にあたった。つまり、能登の強力な水先案内人でもある。
ならば、東京から一緒に行けばいいじゃないか、と賢明な読者の皆さんはお思いだろうが、小生は結構、遅筆なのである。別の原稿の締め切りが迫っており、3号君の隣に座れば、差しつ差されつ、原稿どころでなくなるのは目に見えている。それに北陸新幹線から吞(の)んでしまっては、「べるもんた」での一盞(いっさん)の感慨が薄まる、という思惑もあった。
無事、新高岡駅に着くまでに脱稿し、晴れ晴れとした気持ちで3号君と落ち合った。それにしても原稿は、締め切りが近付かないとなぜ書けないのか。永遠の謎である。
天気予報は微妙だったが、彼は雨男ではなかった。
砺波方面から深緑にメタリックゴールドのラインが印象的な「べるもんた」が1両で入線してきた。そうそう。この車両は、世界にただ1両しかない。代替車は、ないのだ。
午前10時1分、「べるもんた」は、新高岡駅を定刻通り発車し、たった3分で高岡駅に着いた。さぁ、お待ちかねのアレがやってきたところで、明日のこころだぁ!(コラムニスト 乾正人)


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