群馬県達磨製造協同組合(中田純一組合長)は「高崎だるま」の創始者とされる山縣友五郎(1793〜1862年)の没後155周年にあたる9日、菩提寺の常安寺=同県高崎市下豊岡町=で慰霊祭を行った。先人の功績を広くアピールし、「高崎だるま」の一層の発展を目指すことが狙い。同組合は8月9日を「高崎だるまの日」として制定するよう準備を進めている。

 同組合によると、友五郎は旧上豊岡村で生まれ、若いころに人形職人を目指して武州(現・埼玉県)の人形店で修業。その後、「江戸だるま」を故郷に持ち帰り、病除けを願ってだるまを作り始めた。江戸時代の豊岡地域でだるまを製造していたのは山縣家を中心とした親類縁者だけだったが、その技法は伝承されてきた。

 幕末から明治に入り同村にだるま木型彫名人の葦名鉄十郎が移住。生涯で何百体もの木型を彫った。こうした先人2人の存在から「全国に類のないだるま大産地が誕生した」という。

 この日の慰霊祭には関係者約100人が参列。中田組合長は「明確な歴史認識をする中で、にぎわいにつなげたい」と話す。「高崎だるまの日」制定に向けては10月に委員会を設置、検討を重ねていくという。