国内最大級として知られる黒部ダム(富山県立山町)の電源開発が始まった昭和31年。「世紀の難工事」といわれたトンネル掘削が長野県側と富山県側から進められた。今では、長野県側のトンネルはトロリーバスで巡る人気観光ルートとして知られる一方、前人未到の秘境「黒部渓谷」を貫いた富山県側の「黒部ルート」は、通行路が狭く暗いなど安全上の理由で一般公開されていない。見学希望者も多く、関西電力はこの時期になると毎年、応募倍率が10倍を超えることもある見学会を開いている。一足先に体験できる機会を得た。(三宅真太郎)

 ◆誤差はわずか4センチ

 北アルプス・立山連峰の長野県側と富山県側を結ぶ立山黒部アルペンルートは、長野県側の扇沢駅(大町市)が玄関口となっている。一般の観光客と同じトロリーバスで黒部ダムまで上がり、見学者専用のバスに乗り換える。ここからが黒部ルートの始まりだ。

 黒部ダムから引いた水で発電するために建設された「黒部川第四発電所」(富山県黒部市、通称・くろよん)。まずは、この建設に必要な資材や機材を長野県側から運ぶために掘られたトンネルを進む。

 ヘルメットを装着し、火災発生時用のガスマスクが備えつけられたバスに乗る。トンネル内部の気温は6度。山の内部を貫く10・3キロの暗闇が続く。当時、両県から掘り進めた工事が行き会った「貫通点」の誤差はわずか4センチだったという。日本の測量技術の高さを思い知った。

 途中、掘削したがれきを捨てる「横坑(よここう)」から外を見ると、名峰・剣岳(2999メートル)の「裏剣」が見えた。標高の高い山々に囲まれ、普段はお目にかかれない貴重な景色だ。この景色を徒歩で拝むには、本格的な装備を携行し、2日間ほどかけて、ようやくたどり着くとのこと。いささか申し訳ない気もした。

 ◆国内4位の発電所へ

 トンネルを抜けると荷物を運ぶケーブルカー「インクライン」に乗車する。傾斜34度、標高差約450メートルを20分かけて下る。黒部川第四発電所に到着した。

 同発電所は日本で4番目の出力を誇る大規模水力発電所だ。大阪府まで送電しており、29万世帯分の電気を生み出している。黒部ダムから落差約540メートルの送水管で毎秒72トンの水を送り、タービンを1秒当たり6回転させて発電している。施設はすべて地下200メートルの地中にある。平成14年のNHK紅白歌合戦では、歌手の中島みゆきさんが「地上の星」をここで歌った。

 見学会では、回転する発電機のタービンを間近で見ることができる。近くに寄ると、人間の叫び声さえもかき消してしまうほどの轟音(ごうおん)が響き渡る。「これで電気を生み出しているんだ」という実感が湧いてきた。

 ◆まるでサウナ、くもる窓

 発電所から黒部峡谷の出口までは、関西電力の施設保守・工事用として使われるトロッコ「上部専用鉄道」に乗ってトンネルを進む。トンネルの建設は昭和14年。火山帯の上部に位置するため、岩盤が熱くなかなかはかどらなかったという。そんな難工事が今に伝わるように、「高熱隧道(ずいどう)」と呼ばれる。

 岩盤の温度は160度を超え、天井からしたたる水滴は100度に達した。互いに水をかけあいながら掘り進めたが、途中で掘削用のダイナマイトが自然発火する事故が起きるなど、命がけの戦いを強いられた。

 現在は、ダムからの送水管が近くを通っており、軌道内の温度は40度程度まで下がっている。それでも客車の窓はくもり、扉を開けると、サウナのような熱気が車内に押し寄せて息苦しくなった。トンネル内の壁をよく見ると、硫黄成分が付着して白くなっている。

 30分ほどで終点に着くと、同じく14年から使われているエレベーターで標高差200メートルを一気に下る。降下地点から別のトロッコに揺られると、黒部峡谷鉄道の欅平駅に至る。

 ◆1千万人の汗と涙

 この日、案内してくれた黒部峡谷鉄道(黒部市)の元野徳治さんは「先人たちの偉業に思いをはせてほしい」と話していた。

 戦後日本を電力不足から救い、先進国に成長するきっかけとなった黒部ダムの電源開発。現代に続く安定した人々の暮らしが、延べ1千万人の工事従事者の汗と涙、171人の犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。

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【黒部ルート見学会】 毎年6〜11月に計34回の一般向け見学会が開催されている。定員は各回30人。小学5年生以上が対象。参加無料。昨年度の倍率は1.2〜12.9倍。各回ごとに応募締め切り日が設定されている。コースは片道で、黒部ダムか、欅平から出発するコースのいずれかを選ぶ。問い合わせは、黒部ルート見学公募委員会事務局(電)076・442・8263。