兵庫県養父市大屋町の旧明延(あけのべ)鉱山にかつて走っていた鉱山鉄道「一円電車」を復活させ、体験乗車会を行っている明延地区の住民らが今年、新たな目標に向けて動き出した。数年内の本格運行を目指し、乗車会の会場である現在の常設軌道「明延線」(全長70メートル)とは別に、新たな路線「新明延線」(同約400メートル)を整備する計画を進めているのだ。明延鉱山を含む兵庫県中部の鉱山群が今年4月に文化庁の「日本遺産」に認定されたことが追い風となり、一円電車の完全復活は現実味を帯びてきた。(谷下秀洋)

日本遺産効果で大盛況

 日本遺産認定が決まった直後の5月3〜7日に行われた体験乗車会は、親子連れら延べ2200人が訪れ、連日大盛況だった。

 今年は明延鉱山の閉山30年と一円電車の復活運転10周年の大きな節目の年。地元は記念切手を作り、旧鉱山を紹介した冊子「明延鉱山の一円電車」を発行するなど事前のPRにも力を入れていたが、何といっても4月28日に発表された日本遺産認定の効果が大きかった。

 体験会場には認定を祝う横断幕が掲げられ、初めて訪れた大阪府枚方市の小学5年、谷川承太郎君(11)は「一円電車は楽しい」と感想。「鉱石の道」明延実行委員会会長の小林史朗区長(58)は「連休は予想外のにぎわいでした」と感激していた。

念願の日本遺産認定

 日本遺産に認定された「播但(ばんたん)貫く、銀の馬車道 鉱石の道〜資源大国日本の記憶をたどる73キロの轍(わだち)」は、養父市など6市町が共同で申請した。

 兵庫県中部の播但地域の朝来市・生野鉱山と姫路市・飾磨港を結ぶルートを「銀の馬車道」、そこから養父市の明延鉱山、中瀬鉱山に続くルートを「鉱石の道」として国内屈指の鉱山群をつなぎ、鉱物資源大国・日本の記憶をいざなうというストーリーが評価された。

 4月29日に朝来市の「史跡生野銀山」で開催された認定式典で、同市の多次勝昭市長は「銀の馬車道と鉱石の道を一本の道としてとらえ、(昨年に続き)再度、日本遺産に申請した。まさに播但を貫く地域が一体になった取り組みで、“兵庫県のゴールデンルート”として、地域の活性化につなげていきたい」と喜びを語った。

一円電車で再起目指す

 明延鉱山はかつて日本一のスズ産出量を誇り、最盛期の昭和40年代の地区人口は約4千人に上り、活気にあふれていた。しかし、昭和62年の閉山後は人口が減少し、現在は約80人に。大半が高齢者で典型的な限界集落となっている。

 「このままでは明延が消滅する」。地元は危機感を募らせ、平成19年に開催した閉山20年イベントで、一円電車を仮設軌道(全長30メートル)で復活運転させた。

 一円電車はもともと、昭和4年に運行を始めた「明神(めいしん)電車」という鉱山鉄道だった。明延鉱山で採掘されたスズ鉱石を約6キロ離れた「神子畑(みこばた)選鉱場」(朝来市)に運び、戦後は鉱石のほか作業員らも特別製の客車で運搬。27〜60年までの運賃が「一円」だったことから、「一円電車」の愛称がついた。

常設軌道で夢の一歩

 その一円電車のイベントでの復活は大きな話題となり、「地域再生には一円電車しかない」と住民に希望を与えた。

 この後、住民らは約1キロの常設軌道の定期運行を目標に「一円募金」で資金を募った。しかし目標額の2千万円に届かなかったため、当初計画を変更し、22年に募金の一部を使って地区内の広場にJ字型の常設軌道を整備。「明延線」と命名し、23年から4〜11月に月1回のペースで体験乗車会を始めた。

 これは地元にとって夢実現への大きな一歩だった。体験乗車会は養父市の人気イベントに定着し、開催日はかつての鉱山のにぎわいを取り戻した。

 一部の住民とボランティアだけで運行を維持していくのは楽ではない。しかし、「一円募金」に協力した人たちからは「いつ本格運行するのか」という意見も寄せられ、地元では昨年から本格運行を目標に話し合いを重ねた。

早ければ来年度に軌道整備へ

 本格運行の路線となる「新明延線」は、現在の常設軌道から標高約380メートルの旧トロッコ軌道(全長約600メートル)につながる約400メートルを予定。将来的にはトロッコ軌道と合わせた約1キロを走らせる。運行には新たな車両のほか、一円電車運転士ら運行スタッフの確保も必要だ。

 本格運行をにらみ、今年からは4〜11月の体験乗車会も延べ17日に増やした。ボランティアの1人、兵庫県西宮市の吉井正彦さん(72)は「鉄道ファンではないが、明延の地域再生を応援したい」と話す。

 また今年からは、富山県の立山砂防ダムで活躍したディーゼル機関車の払い下げ車両も導入。養父市は今年度の予算に新路線の地質調査費約700万円を計上した。

課題も浮き彫り

 「日本遺産認定で、一円電車の取り組みに対する養父市民の見方が大きく変わった」と小林区長。国のお墨付きを得て県の支援も受けやすくなったという。

 地質調査で問題がなければ、養父市は地元と協議を進め、来年度予算で軌道整備に着手する方針。広瀬栄市長は「一円電車の本格運行は市再生のシンボル。数年内に実現させたい」と意欲を見せ、小林区長も「本格運行は明延地区に雇用の場を確保するとともに、新たな住民の定住につながる」と期待を寄せる。

 しかし、まだ課題も多い。5月の連続運行は大盛況だったが、運営スタッフが不足した。幸い、車両事故や大きなトラブルはなかったが、安全確保のため運営スタッフを増やすことを迫られた。地元では毎週日曜の運行を予定する8月のスタッフ確保のやりくりに頭を悩ませている。

 それでも住民らの表情は明るい。小林区長は「本格運行という次の目標が明確になった。一円電車の本格運行は、明延地区の復活でもある」と話している。