「労働者の街」として知られる大阪市西成区のあいりん地区で生きる人々や日常を、ブログで発信している女子大生がいる。かつて暴動が起き、そのイメージから敬遠する人も少なくないあいりん地区に定期的に足を運び、年末年始には支援活動を行う人々と行動をともにした。「あいりん地区について先入観を持っている人が多い。よそ者だから、学生だからこそ伝えられることがある」。等身大の発信を続けている。(鈴木俊輔)

 ブログは「釜ケ崎と女子大生」。昨年11月、京都府内の大学院に通う20代の女性が開設した。あいりん地区の通称「釜ケ崎」と、自身が拠点としている京都から一文字ずつ取って「かまきょう」と名乗り、あいりん地区で出会った人や抱える問題などについて、つづっている。

 あいりん地区に初めて訪れたのは昨年2月、知人と「フィールドワークに行こう」という軽い気持ちからだった。簡易宿泊所が軒を連ね炊き出しを待つ人が列を作る混とんとした光景。そんな町並みを歩く自分が場違いに感じた。衝撃を受けたが、突然話しかけてきた男性と会話を交わしたことで、考えが変わった。

 初対面の男性は、これまでどんな仕事をしていたのか、なぜ自分があいりん地区で生活しているのか、離ればなれになった家族のことを語り出した。実際に生活する人の思いに触れ「見学やフィールドワークで入ること自体が失礼なことだった」と、後悔の念を抱かずにはいられなかった。

 その後も何度か足を運ぶにつれ、後悔は使命感に変わっていった。「よそ者の自分だからこそ、感じること、発信できることがあるのではないか」。ブログという形で、ありのままを書いていくことを決めた。

 あいりん地区で活動している支援団体などとのつながりも生まれた。年末年始には、連日あいりん地区に通い、炊き出しや野宿する労働者を訪問する夜回りに参加しながら年を越した。

 そうした出会いをブログでは誠実に描く。元旦に話した北海道出身の73歳の男性は、ギャンブルにはまって職を失い、家族とも会えなくなった。夢は海外旅行だという。別れ際、また会おうと握手を交わした。《私も今年一年頑張ろう、素直にそう思わせてくれる出会いだった》。そうつづった。

 ブログを読んだ友人からは「勇気あるね」と驚かれることも多いが、「実際に話してみれば、いい人ばかり。先入観を持ってみている人が多い」と話す。同世代に読んでもらいたいという思いから、タイトルには「女子大生」という言葉を入れた。

 現在も授業の合間を縫って足を運び、執筆を続けている。「学生が書いたものには、学生なりの説得力があると思う。釜ケ崎について書きたいこと、同世代に知ってほしいことを書き切るまでは続けていきたい」と話している。