七月に入ると夏休みが待ち遠しくなってくる。

 夏休みという響きには、なぜこうも人の心を浮き立たせる魔力があるのだろう。きっと夏の光や風とともに、世界へまっすぐ目を見開いていた少年の日々がふっと蘇ってくるのかもしれない。

 ぼくが瀬戸内海をはじめて目にしたのも遠い昔の夏休みのこと。父と一緒に郷里の九州へ向かう夜行列車の窓越しだった。夏の夕暮れに東京を発った寝台特急あさかぜは、安芸灘付近でちょうど朝を迎える。

 鮮やかな夜明けだった。

波静かな海は天空の微光を映し、ゆっくりと薄紅色に色づいていった。

 ぽつりぽつりと車窓をよぎってゆく島影は、逆光の渦のなかで黄金のベールをまとったように美しかった。

 生まれてはじめて見る夜明けの海の澄んだ輝きに、胸の高鳴りを抑えきれなかったあの夏休みの朝…。

 あれからどれだけ月日がが流れただろう。父もあの寝台列車ももうこの世から姿を消したけれど、海はあの日と同じリズムで大きな時を刻み続けている。

 そう、もうすぐ梅雨が明けたら西へ向かう列車に飛び乗ろう。傍には、瀬戸内で過ごす夏休みに胸を大きく高鳴らせる子供たちがいるはずだ。

 こいけ・ひでふみ 写真家。東京生まれ。米国の高校卒業後、インドや瀬戸内などの作品を発表。今年1月、写真集「瀬戸内家族」(冬青社)を出版。ウエブサイトは