「日本の保守といわれている人間が、いかに腐ったクソの保守か分かった。死ね!」。7月2日、小池百合子東京都知事が率いる「都民ファースト」が大躍進した都議選の裏で、とめどなく悪態をつく候補者がいた。同じ日に投開票された兵庫県知事選に出馬したコラムニストの勝谷誠彦氏(56)。知名度を生かし約64万7千票を獲得したものの、約94万5千票を得た現職の井戸敏三氏(71)を脅かすには至らなかった。選挙戦では井戸氏を「あんなおっさん」呼ばわりし、公約や政策よりも髪形やサングラスを変えたイメチェンの方が話題になった。〝勝谷劇場〟はなぜ、失敗に終わったのか。

「らしさ」全開の敗戦の弁

 「あー、楽しかった」

 井戸氏の当確が判明した2日夜、陣営や支持者らが集まる神戸市内のレストランに姿を見せた勝谷氏はそう言うと、涙をこらえながら満面の笑顔を見せた。

 その後に行われた記者会見では、「左巻きの発言になるけど、義勇兵を率いて戦ったチェ・ゲバラの気分。ゲバラは勝って、俺は負けたけど」と自らをキューバ革命の英雄になぞらえた。さらに「生涯賃金の半分くらい使って、17日間楽しませてもらった。『日本で一番難しい選挙を戦った』といえるのは大きい。その授業料と思えば安い」と、独特の表現で選挙戦を振り返った。

 5選を目指した現職の井戸氏のほかに、勝谷氏、「憲法が輝く兵庫県政をつくる会」代表幹事の津川知久氏(67)、元同県加西市長の中川暢三(ちょうぞう)氏(61)の新人3人が立候補した知事選。自民、民進、公明、社民の県組織から推薦を受けた井戸氏が盤石の組織戦を繰り広げた一方、勝谷氏は政党や特定団体の支援を受けずに選挙を戦った。

 組織票を取り込んだ井戸氏を、勝谷氏は会見で「いいんじゃないですか。そういうくだらない人生を送っていけば」とバッサリ切り捨て、今後の政治活動は「ありません」と強い口調で断言した。

 「マジかよ、20年かよ、あのおっさん。県民はよくそんな選択をしたな」とぼやく場面もあり、報道陣から「もしかしてお酒飲んでますか」と質問も出る、やや暴走気味の〝敗戦会見〟となった。

イメチェン失敗?「亀井静香かと思った」

 勝谷氏は同県尼崎市生まれ。名門・灘中高を経て、早稲田大を卒業後、文芸春秋に入社し、雑誌記者として活躍。近年はテレビのコメンテーターとしても活動し、歯にきぬ着せぬ発言で注目を浴びた。

 そんな勝谷氏が知事選に出馬すると報じられたのは4月下旬。出馬会見では「兵庫県のために何かやりたい」と語り、「明るく楽しい敷居のない知事を目指したい」と笑顔を見せた。

 ただ、注目されたのは会見の内容よりも、その風貌だった。

 会見が行われた兵庫県庁に現れた勝谷氏は、テレビでおなじみのスポーツ刈りにサングラス姿ではなく、丸眼鏡に紺色のスーツ姿。あまりの変貌ぶりに、インターネット上では「誰か分からない」「亀井静香(衆院議員)かと思った」といった驚きの声が相次いだ。

 ところがほぼ2週間後の事務所開きでは、いつものサングラスに。「テレビの印象が強く、普通の眼鏡だと誰も自分と分かってくれない」(勝谷氏)と、その後の選挙期間中もサングラス姿で街頭演説を続けた。

毒舌封印のはずが…

 〝迷走〟は外見だけにとどまらなかった。

 メディアでは毒舌で人気を集める勝谷氏だが、陣営は当初、「テレビでのイメージを変えたい」と、「批判や悪口は言わない」という方針を立てた。実際、出馬会見では厳しい表情を見せず、終始和やかな雰囲気で進められた。

 5選を目指す井戸氏についても「現職は良くやってくださっている」と一定の評価を示し、「悪口は言いたくない。人をおとしめて、自分がはい上がろうという気はない」とまで話していた。

 それが一転、日を追うごとに「71歳のおっさん」「ただの天下り」と口調が荒くなり始める。選挙活動で県内全41市町をまわり、税金の使い道や県政の不備を目の当たりにして「井戸県政に怒りを感じた」(勝谷氏)のだという。6月中旬に神戸市内で開いた講演会では、「古井戸の井戸さらいをせなあかんのですよ」と訴えた。

 6月15日の告示日には現職との間に火花が散る場面もあった。

 親交が深い自由党代表の小沢一郎氏直伝というビールケースの上に立ち、第一声を始めようとしたその時、目の前を井戸氏の選挙カーが通りかかったのだ。すかさずマイクのスイッチを入れた勝谷氏は「知事閣下におかれましては、長い間、本当にお疲れさまでした。せいぜいお体に気をつけてください」と皮肉たっぷりに呼びかけた。

 演説内容は勝谷氏が掲げる政策よりも、井戸氏の多選批判が中心となっていった。有権者からは「もっと政策の話が聞きたい」という声が上がり、陣営は選挙戦終盤に演説内容の軌道修正を図ったという。

〝風〟が吹かなかったワケ

 後援会幹部を務めた高橋茂氏(56)は、勝谷氏がもつイメージが「一長一短だった」と選挙戦を顧みる。

 有権者の中には、テレビと同様に過激で毒舌の勝谷氏を期待して演説を聞きにくる人もいた。そういった思いに応えようと発言がエスカレートしてしまい、他の有権者が離れてしまったのでは、と分析した。

 勝谷氏の長年の友人でもある高橋氏にとって、選挙を戦うのはこれが初めてではない。平成12年の長野県知事選で作家の田中康夫氏をサポートし、初当選に導いた実績をもつ。

 同知事選は、現職の後継とされた前副知事が優勢とみられていたが、10年の長野五輪をめぐる使途不明金スキャンダルや、旧態依然とした県政、五輪後の経済停滞などが重なり、幅広い支持を受けた田中氏が当選を果たした。

 今回、長野のときのような〝風〟はなぜ吹かなかったのか。

 高橋氏は「週刊誌が飛びつくような弩級(どきゅう)のスキャンダルがなく、分かりやすい争点もなかった」とし、「16年間目立った成果がないことが、イコール失政とは捉えられなかった」と語った。勝谷氏が繰り広げた多選批判も「なぜ長く知事をやることがだめなのか、具体的に説明しないといけなかった」と振り返る。

「敗戦記」出版?

 一方の勝谷氏は敗因について、会見では「分からない」とし、「こんな人間にどうして投票してくれたのか聞きたい」と笑い飛ばしていた。

 とはいえ、やはりメディアの世界で鍛えられてきただけに、転んでもただでは起きない人のようだ。

 「知事候補者である前に作家」といい、選挙期間中も十数年続けている有料配信メール「勝谷誠彦の××な日々。」を書き続けた。残ったのは、5千字の文章が17日分だ。

 落選が決まった後、報道陣にこう語った。

 「これは単行本になるぞ」