平昌冬季五輪は14日、大会第6日を迎えたが、北朝鮮訪韓団の“存在感”もあり、いまだに「平壌五輪」と誤認・誤記され、揶揄(やゆ)される事態が続いている。五輪招致の途上で「平壌」との差別化を図るために講じた対策は、結局、ほとんど効果がなかったことになる。

 平昌五輪の公式ロゴマークは、平昌の英語表記が「Pyeongchang」ではなく「PyeongChang」と、「昌」の部分の最初が大文字の「C」になっている。

 韓国の英字紙、コリア・タイムズによると、「C」を大文字にしたのは歴史的な理由ではなく、よりよいマーケティングのためでもない。英語の綴りや発音が似ている「平壌」との混同を避けるための措置だったという。

 米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)によると、平昌が初めて招致に名乗りを上げていた2002年、国際オリンピック委員会(IOC)のディック・パウンド委員は「名前が似ているので少々混乱した」という。

 そうした声を受けて「C」を大文字に変えたのは、再び招致に挑んでいた2007年のことだった。2011年、国際オリンピック委員会(IOC)の総会で、平昌五輪の開催が決まったが、それでも「平昌」の認知度が上がらなかったことを示すエピソードがある。

 2014年秋、ケニア・マサイ族の牛飼いの男性が平昌で行われる国連関連の会合に出席するため、経由地の北京で中国国際航空の飛行機に搭乗した。着陸体勢に入り、窓の外を眺めて、男性は初めて異変に気が付いた。近代的な大都市を想像していたのに、眼下に発展途上国を思わせる景色が広がっていたからだ。

 飛行機が平壌国際空港に到着し、多くの兵士と金日成主席、金正日総書記の肖像を目にして確信した。そこが韓国ではなく北朝鮮だと。北朝鮮に入国する査証(ビザ)を持っていなかった男性は数時間拘束された後、帰りの航空券代と罰金500ドルを支払って解放されたという。

 男性はナイロビの旅行代理店に航空券の手配を依頼した際、最終目的地が「平昌」であることだけを伝えた。旅行代理店の女性が端末に「平昌」と打ち込んだところ、平壌行きの飛行機が表示されたらしい。

 旅行代理店の女性はウォールストリート・ジャーナル紙に対し、「政治面での南北の違いは知っていたが、それ以上の細かいことは知らなかった。2つの都市(平昌と平壌)の名前はとても似ている。よく起こるミスだ」と釈明。男性も「アフリカ人の誰が(平昌と平壌の)違いを分かるっていうんだ」と同紙に語ったという。

     (五輪速報班)