優勝が決まった土俵で、照ノ富士は大きく息を吐いた。分厚い懸賞を受け取ると、目を閉じて自分の額に付けた。土俵を降りると遠くの方に視線を向けた。「いろんなことが頭に浮かんできた。(涙を)こらえてという感じ」。両膝のけがや病気を乗り越えての復活優勝。国技館の館内に温かく、長い拍手が響いた。

 勝てば優勝が決まる御嶽海戦。会心の相撲を取った。当たって素早く左上手を取り、右上手も取った。脇をきつく締めて、相手のもろ差しは許さない。一方的に前進し、そのまま寄り切った。負ければ優勝決定ともえ戦までもつれる展開の中、勝負強さを見せつけた。

 場所前から優勝の2文字を口にしていた。「できるだけ多く勝って一日一番ずつ相撲を取れば、優勝につながる」。高い目標を語って実現させるのがこの人のすごさだ。

 ただ、照ノ富士の兄弟子で、大関時代など長く付け人を務めた中板秀二さん(元幕下駿馬)は「彼はただ言うだけじゃない。他の関取衆と体を合わせ、これはいけると感じ、『勝ちます』『優勝します』と言う」と話す。場所前は連日、部屋の関取衆と20番以上もの猛稽古を重ねた。有言実行の裏に、確かな自信があった。

 復活の物語はまだ終わっていない。来場所に向け、「全力を出し切ってやれるところまでいきたい」と力を込めた。自分の力に見合う番付まで一気に駆け上がる。(浜田慎太郎)