タレント、間寛平(68)が12日、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県を縦走する「みちのくマラソン」をスタートさせた。6年連続開催の今年は、4月に東京電力福島第1原発事故による避難指示が解除されたばかりの福島・富岡町から出発。4月に左鎖骨や肋骨9本を骨折してから初のマラソンだが、被災地に笑顔を届けるために帰ってきた寛平は「今年も走ります!!」と声を張り上げた。

 道沿いにある無数の店は無残な状態で残されている。東北地方を襲った東日本大震災から6年。原発事故による避難指示が解除されたばかりの福島・富岡町に、寛平が笑顔の花を咲かせた。

 「皆さんを元気に、勇気づけるために、840キロ頑張ります!!」

 寛平は、応援にかけつけた約100人の住民から熱烈な歓迎を受けながら登場。震災前には1万5000人が暮らしていた富岡町だが、現在戻ってきた住民は、わずか1割。現実を知った寛平は「もっと帰って来られるようにア〜メマ!!」と自身のギャグを飛ばし、被災者にエールを送った。

 福島、宮城、岩手の3県を芸人ら約40人や住民と駅伝方式でつなぐ「RUN FORWARD KANPEIみちのくマラソン」は2012年、復興支援を目的にスタート。今年は24日に岩手・宮古市にゴールするまで、過去最長の約840キロを走る。

 寛平が走り抜けた富岡町はライフラインが整い、来年4月に学校が開校される予定だが、まだ一部が帰還困難区域になっているなど復興には時間がかかっている。

 1995年の阪神淡路大震災を経験した寛平は、走った感想を求められ「歩道は草木が伸び放題やった」と神妙な面持ち。同町の帰還困難区域も車で視察し、「ショックやわ。同じ日本なのに…」と絶句した。

 4月に木から転落し、左鎖骨や肋骨9本を骨折する重傷を負ってから初めてのマラソン。「骨はくっついていない」と満身創痍(そうい)の体だが、「東北の復興はまだまだ。みんなのちょっとの笑顔がうれしい」と復興を願い、この日は約60キロの道のりを走破した。

 これから約2週間、毎日走りながら各地の仮設住宅を訪れ、イベントを行う予定。日本中が悲しみに包まれたあの日を忘れさせないために、68歳の超人は走り続ける。