女性のスカート内を盗撮したとして、阪神のスコアラー、山脇光治容疑者(55)が宮城県迷惑行為防止条例違反(盗撮)の疑いで現行犯逮捕されてから一夜明けた13日、揚塩健治球団社長(58)が大阪市内の電鉄本社で謝罪した。山脇容疑者がコンプライアンス(法令順守)の研修会に欠席していたことも判明。球団の管理体制の甘さも浮き彫りになった。

 15秒にもわたって深々と頭を下げる揚塩球団社長の姿が衝撃の大きさを物語っていた。

 「被害に遭われた方には心からお詫び申し上げますとともに、ファンの皆様、関係者の皆様にご迷惑とご心配をお掛けしましたことを、深くお詫び申し上げます」

 大阪市内の電鉄本社で報道陣に対応。沈痛な面持ちで謝罪するとともに、山脇容疑者に対し「今後、事実関係が明らかになれば、厳正に処分して参ります」と厳しく対応していく考えを明らかにした。

 山脇容疑者は大阪・浪商高(現大体大浪商高)からドラフト外で1981年に入団し、内外野を守るユーティリティープレーヤーとして活躍。95年の現役引退後は2015年まで1、2軍のコーチを務めた。コーチ時代は投手のクセを見抜くのがうまく、16年から就任したスコアラーとしては動作解析を担当するなど長年、チームに貢献してきた。

 それだけに「球団としては非常に信頼していた。大変、残念です」とショックを隠せない様子だった。さらに追い打ちをかけるのが犯行時間の謎だ。

 山脇容疑者は先乗りスコアラーとして15日から行われる楽天3連戦に備え、仙台入り。『午後4時15分』という事件発生時はともに同スコアラーが担当する楽天−中日の試合前練習が行われており、本来なら球場にいなければならない時間帯だった。球団関係者を仙台に派遣したが、接見できないため、事情はまったく把握できていないが、揚塩社長は「先乗りスコアラーですから、当然、練習も見るのは本来の姿だと思います。その時間に球場にいなかったということは、球団としても管理ができていなかったと反省しております」と話した。

 また、山脇容疑者が、毎年11月に開催している球団のコンプライアンス(法令順守)の研修会にここ数年、参加していなかったことを明らかにした。選手は義務だったが、スコアラー、スカウトは任意だった。

 「そういった事実を球団としては見過ごしていたと思っております」と管理体制の甘さにも自ら言及し、頭を下げた。

 山脇容疑者は14日に検察に送致される見通し。否認しており、この日は釈放されなかった。逆転Vを狙うチームとこの日、株主総会だったグループ本社を直撃した不祥事に球団トップは最後まで硬い表情だった。 (月僧正弥)

山脇容疑者逮捕について阪神・坂井信也オーナー「球団社長がコメントを出しておりますので…」

★「捜査これから」

 山脇容疑者の身柄が置かれている仙台東署には13日、数人の報道関係者が訪れた。同署は余罪や計画性の有無などについて「捜査はこれからなので何も話せない」と説明した。12日に迷惑行為が行われた仙台市宮城野区の商業施設の近辺は、騒然とする様子もなく通行人が行き来し、現場のエスカレーターも平常通りに動いていた。

★球場不在ルール違反でない

 球団本部長を兼ねる阪神・谷本副社長も取材に応じた。球団の資料も押収された可能性についても「まったく、教えてもらえません」とした。球場にいなかったことについては「基本、スコアラーですので、練習から見ていると思いますが、試合を見るのが主な業務ですし、そこはルール違反とは感じていません。ただ(練習から見るのが)望ましいと思います」と話した。

★阪神ナイン無言

 山脇スコアラーの逮捕に日本ハム戦に臨む阪神ナインは一様に硬い表情で札幌ドーム入りした。事前に球団サイドからユニホーム組への取材が規制されたため、今回の事件に関して試合前にコメントする選手はいなかった。また、金本監督は後援会関係者から声をかけられると「胃が痛いですヮ」と苦笑いするシーンも…。重苦しい空気が充満していた。

★逮捕後の流れ

 警察に逮捕された場合、容疑者の身柄は警察署内の「留置場」に留め置かれ、48時間以内に検察官に送られる(送検)。

 その後、検察官は、容疑者をさらに留置場に留め置く勾留を裁判所に請求し、裁判所は送検後24時間以内に勾留を認めるか否かの判断を下す。勾留期間は原則10日間で、さらに10日間の延長ができるため、最大20日間。

 この勾留期間が切れると、検察官が刑事裁判を起こす起訴か、刑事処罰をしない不起訴かの処分を決定。刑事裁判には、罰金を支払うことで刑罰を終えたことになる略式裁判と、法廷で被告人として裁かれる一般裁判があり、軽微な痴漢や小さな交通事故などの場合、略式裁判になることが多い。

山脇 光治(やまわき・こうじ)

 元内野手。1962(昭和37)年10月13日、兵庫県生まれ、55歳。大阪・浪商高(現大体大浪商高)では選抜出場。81年ドラフト外で阪神入団。1軍公式戦通算356試合に出場し、打率・259、3本塁打、110安打、33打点、15盗塁。95年に現役を引退し、スコアラー、2軍コーチを務める。2006年からは1軍コーチ。15年限りで退任し、16年から現職。現役時代のサイズは1メートル72、76キロ。右投げ右打ち。