日本には唐の時代、遣唐使によって唐から多くの文化が日本に伝わったが、このころの航海は危険と隣り合わせだった。中国メディアの快資訊11日、遣唐使の時代に渡日して日本の仏教を大きく変えた「鑑真(がんじん)」を紹介する記事を掲載した。日本人に非常に感謝され、いまだに名声があると伝えている。

 鑑真が渡日したのは今から1300年ほど前のことだ。記事はこの鑑真について、中国ではかなり位の高い僧だったものの、日本僧の強い要請に応える形でこの高い身分を捨て、日本行きを決意したと伝えている。

 それほど昔の人物が、なぜ今でも日本人の記憶の中に残っているのだろうか。記事は2つの理由で、鑑真が日本人にとって忘れられない人物になったとしている。まずは「6度目の正直でようやく日本にたどり着いたこと」。当時の渡海は非常に危険で、弟子の裏切りもあり、鑑真の日本行きは5回も失敗している。苦労のすえ、6度目にようやく日本に到着した時には失明していたほどで、日本人に深く感謝され熱烈な歓迎を受けたと伝えている。

 さらに鑑真が「日本に与えた影響」も大きかったと伝えている。仏教以外にも、建築や絵画、医学など多彩な才能を持った鑑真は、日本人に様々な知識と貴重な品をもたらしたようだ。記事は、日本人は鑑真の貢献に対し、今も深く感謝しているとしている。

 奈良県には鑑真の開いた唐招提寺(とうしょうだいじ)が残り、古都奈良の文化財のひとつとして世界遺産に登録されている。唐の時代の中国人が、今でも日本人の記憶の中に残り、感謝されているというのは、中国人としては鼻が高いことなのだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)