中国のポータルサイト・百度に24日、日本人が80年前に今の遼寧省瀋陽市に地下鉄路線網の建設を計画していたとする記事が掲載された。
 
 記事は、現在の瀋陽市にあたるかつての奉天市で、旧満州国時代の1940年に地下鉄の建設が計画されていたと紹介。同年に出された「奉天市地下鉄道計画書」は大阪市電気局高速鉄道部が作成したもので、当時は日本国内でも東京と大阪にそれぞれ1本ずつ地下鉄路線があるのみで、そのうち市営による営業を行っていた大阪市が、奉天市から計画作成を委託されたのだと伝えた。
 
 そして、計画書によれば「奉天市地下鉄道」は牛心街〜東塔の1号線、南十条〜小西辺門の2号線、昭安街〜小西辺門の3号線がそれぞれ1942年に着工し、48年の開通予定で、北興街〜狐家子の4号線が53年の開通を予定していたほか、長期的には5号線、6号線の計画もあったと説明。運用車両は大阪の地下鉄で用いられていた大阪市電気局の100形と200形が採用されたとしている。
 
 その上で、計画書の内容を見ると、当時の日本人が旧満州国で進めていた工業計画や都市建設計画が非常に高いレベルのものだったことがわかると伝えた。その一方で「中国人として覚えておかなけれあいけないのは、これらはみな日本人や日本の利益のために作られたものだということだ」と指摘。例えば、1934年から約10年間大連―ハルピン間を走行していた南満州鉄道の特急「あじあ」号は食堂車のメニューがすべて日本語だったとし、「奉天市地下鉄道」の駅名にも「高千穂広場」、「萩町」、「加茂町」など日本名が多く見られるのだと紹介した。
 
 「奉天市地下鉄道」は結局計画止まりとなり、終戦によって完全に幻となった。なお中国初の地下鉄は「奉天市地下鉄道」計画から約30年遅れた1969年に北京で開業した。そして、瀋陽市で地下鉄が開業したのは70年後の2010年のことである。(編集担当:今関忠馬)