橋秀実

●たかはし・ひでみね
1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業後、TV番組制作会社を経てノンフィクション作家に。著書に『素晴らしきラジオ体操』『からくり民主主義』『趣味は何ですか?』『結論はまた来週』など。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞受賞。

開成高校野球部が勝てる理由とは

 東大合格者数率日本一、超エリート輩出校としてあまりにも著名な開成高校だが、野球が意外に強いのをご存じだろうか。いま、同校野球部を足かけ5年にわたって追い続けているノンフィクション作家・橋秀実氏の著した『弱くても勝てます』という書籍が話題になっている。インタビューを試みた。

──野球はお好きなのですか?

 野球自体は子供のころから好きなのですが、ナイターなどを見ていると野球嫌いの妻が不機嫌になるので(笑)、結婚してからはほとんど見ていませんでした。だから開成高校の取材で久しぶりに野球をじっくりと観戦した感じですね。

──当初、開成ナインのプレーの下手さに驚かれたとか。

 高校生の野球ってこんなだったかと思いました。プレーというよりプレー以前に走り方がぎこちないし、キャッチボールでもエラーを連発するので球があっちこっちから飛んできて、見ていて危なくてしょうがない(笑)。なにしろグラウンドでの練習は、週1回で約3時間。しかも冬場などは日が短いので実質1時間もできないくらいですから。

──でも勝つんですよね。

 勝つこともあります(笑)。平成17年の夏の東東京予選は5回戦まで進んで16強入り。負けたのは優勝した国士舘高校でした。平成19年には4回戦で強豪の修徳高校に0対1の接戦の末敗れました。翌年も24対0で1回戦を大勝していますし、昨夏も4回戦まで勝ち進みました。

──ご著書では昨年のチームを密着取材しておられます。

 平成21年のチームからはやや不振が続いたのですが、監督さんから「大きな結果が出る」とのお話をうかがって、それで取材に入ったのです。

──それにしてもなぜ開成は勝てるのでしょう。

 おそらく「うまくなるため」ではなく「勝つため」の野球をしているからです。まず、開成では守備練習をほとんどしません。練習時間が限られているので、守備練習をする余裕がないんです。守備は内野ゴロが走者一掃のランニングホームランになるような「大惨事」さえ防げればよい。「練習の成果が試されるような打球は1試合に1、2球しか来ない」と割り切るわけです。その上で、試合は点をとらないと勝てませんから、とにかく打ち勝つことを目標に打撃練習ではひたすら強く振り抜く練習を繰り返します。

──試合での戦略も独特ですね。

 通常のセオリーでは打順は1、2番が小技で3、4、5番が強打者ということになりますが、これは確実に1点をとるためのもの。開成の場合は守備が下手ですからたとえ1点とってもその裏に10点とられてしまうので意味がないんです。ですから1番から強打者。10点とられるという前提で20点とりにいくんです。バントはしません。バントは練習が必要ですからね。高度な技術と練習が求められるサインプレーもありません。

勝つも負けるもコールド試合

──それにしても開成高校の頭の良いイメージからはかけ離れていますね。

 でもそれが開成が勝つための戦略なんです。ドサクサにまぎれてコールド勝ち。大切なのは勢いをつけて打線を一気に爆発させることで、小さなスイングはいくらヒットになっても怒られるし、三振しても強く振り切ればベンチから「ナイススイング」という声が飛ぶ。エラーは一種の伝統なので、普通の内野ゴロをアウトにするとベンチはえらい盛り上がります(笑)。

──生徒さんたちが非常にユニークで、それも本書の魅力のひとつです。

 とにかく正確にしゃべろうとするんです。「守備が苦手なの?」と聞いたら「苦手ではなく下手なんです」とまじめに返ってくる(笑)。たいした違いはないようにも思えるのですが、彼らにとってはそうじゃないんですね。「苦手」は自意識で「下手」は客観性。そこに重大な違いを見いだすわけです。

 あるいは、「打球が来た!」と考えると出遅れてしまうので、「来い来い」と唱えるようにした選手もいます。考える文法を変えることで対策を講じたわけですが、いざ試合の際には「来い来い来い……来たあ」と思ってしまったそうです(笑)。

──開成高校は甲子園に行けますか。

 昨夏の大会も最後(4回戦)は日大一高に5回でコールド負けをしてしまったのですが、私からすればとても惜しい試合でした。6回以降があれば逆転も可能だったのではと感じました。それくらい開成打線に爆発の予感があり、実際にすごいスイングをしていたのです。普通に見れば完敗ですが、実際には番狂わせの可能性を内包していた試合。開成野球の良いところはここだと思いました。つまり、後に希望が残るんですね。

 甲子園ですか。可能性は十分にあります。そもそも可能性のない高校なんて一校もありませんから。

『「弱くても勝てます」開成高校 野球部のセオリー』
新潮社
1365円