古賀宣行◎こが・のりゆき
1980年大学卒業後ソニー株式会社に入社。ウォークマンのメカ設計者として開発に従事
その後、ICレコーダー 、ポータブルCD、DAT、ネットワークウォークマン等のポータブルオーディオ事業を担当
2006年、中国・シンセンに赴任しソニーACBC(Audio China Business Center)を設立、プレジデント職に
2010年3月末にソニーを退社後、中国シンセンにCTKテクノロジーを設立しプレジデント職に就く
2012年6月にエクレア(現カドー)代表取締役に就任

世界一の空気清浄機をつくった男

 大学を卒業し、ソニーに入社して10年間はあのウォークマンのメカデッキの開発に携わった。世界最小、最軽量、最薄、そして最高のスタミナと、常に世界一にこだわり、他社の一歩先を走り続けた。その後、管理職になってもポータブルオーディオ分野にかかわり続け、CD・MDウォークマン、当時世の中になかったICレコーダーも私が事業責任者になって立ち上げた。とにかくハードの品質をナンバーワンに保つこと。それを6名のチームで実践し続けたのである。少数精鋭だけに、問題が起こってもすぐに議論して解決できる。当時の体制を「スモール・イズ・ビューティフル」だと感じていた。

 ところがMP3というデジタル媒体が普及し、あのアイポッドが登場してから一変した。PCをプラットホームにして、音楽コンテンツをハードにダウンロードして聞く――アップルはこの一連の流れをパッケージとして売った。ソニーも音楽配信サービスやネットワーク型製品で決して遅れをとっていたわけではない。が、PCをプラットホームとした一連のビジネスモデルはアップルの得意とする領域であり、次第に劣勢を余儀なくされる。加えて、ネットワーク製品の開発にはハード・PCアプリ・コンテンツ配信などに大規模な組織体制が不可欠。ハードがいくら良くても売れない状況は、私にとって 大きなジレンマになっていく。

 そんななか、中国のシンセンに赴任。少ない人数でラジオやテープレコーダーなどの成熟製品を手がけ、「スモール・イズ・ビューティフル」に戻ることが出来た。そして中国での開発のプラットホームを創り上げ、多様な商品作りの基盤を構築した。
 そのまま中国に居続けていれば、すぐにソニーを辞めることもなかったと思う。ところが着任から3年半後、帰任命令が出た。中国での事業が成功していただけに、この帰任命令には正直驚いた。そして、いずれは独立したいと考えていたので、良い機会だと退職した。

性能とデザインを融合させる

 2010年7月、中国に生産拠点となる合弁会社を立ち上げた。まだ、何をつくるかは決めていなかったが、ターゲットが決まればすぐにとりかかれるよう生産体制だけは整えておきたかったのだ。翌月、知人の紹介で空気清浄の権威である大学の先生の研究室でレクチャーを受けた。