早稲田大学スポーツ科学学術院 岡浩一朗教授

「1時間座れば22分余命が縮む」「1日11時間以上座る人は4時間未満の人に比べて40%死亡リスクが増加」(シドニー大学による研究)という衝撃的なデータをご存じだろうか。座りすぎリスク研究の第一人者、早稲田大学の岡浩一朗教授に話を聞いた。

──日本人は世界一〝座る〟国民なのだとか。 
岡 よく誤解されるのですが、座ること自体が悪いわけではありません。問題は、座り〝すぎ〟ていることなんです。われわれの調査では、デスクワーク系のビジネスパーソンは勤務時間の約70%を座っています。さらに家に帰れば数時間はテレビやパソコンのモニターを見ながらソファなどで長時間座って過ごし、生活全体でも64%を座っているという結果が出ました。つまり、少なくともホワイトカラーの方々は人生の大半を座って過ごしているということになります。また、ある調査で、「いつも立ち動いている」と自らを認識していた町工場の社長さんに「加速度計」をつけて計測してみると、1日8〜9時間を座ってすごしていました。人は知らず知らずに座る癖がついてしまっているのです。

座位8時間で18%死亡リスク増
──座りすぎはなぜ健康に悪いのでしょう。
岡 座ると太ももやふくらはぎなど下肢の筋肉が活動しないので代謝が悪くなり、糖や中性脂肪が血液から筋肉に取り込まれにくくなります。いわゆる血液ドロドロの状態ですね。さらに、腰や膝が屈曲した状態が続くことにより血流量が下がり、いわば〝車のエンジンの空ぶかし状態〟になる。結果、糖尿病をはじめ心疾患や脳卒中、ひいてはがんなどへのリスクが高まるわけです。もちろん、足に血栓ができて肺の血管につまるエコノミークラス症候群の危険も高まります。
──にもかかわらず、われわれは座り続けています。
岡 すぐにどうなるというわけではありませんからね。座りすぎはサイレントキラーなので、ゆっくりと体をむしばんでいきます。
──どのような座位時間の配分が、健康に影響するのでしょうか。
岡 細かい部分については、いま世界中で研究が進められており、さまざまなデータが上がってきています。ただ、1日トータルの座位時間が、健康リスクと関連していることは間違いのない事実です。たとえば、2008年の研究では8時間の座位で18%死亡リスクが高まる(男性)という結果が出ています。われわれの調査では、日本人は1日平均8〜9時間座りますから、半分くらいの人がここにあてはまることになります。
──このリスクを相殺するための運動量は?
岡 世界中の研究成果を統合する〝メタアナリシス〟という手法で解析すると、中高強度(早歩き、ジョギングなど3メッツ以上)のアクティビティーを1日60〜75分行ってようやくリスクを相殺できるという結果が示されました。8時間座って、ほとんど運動をしないと1・59倍の死亡リスク。1時間近く運動しても12%リスクが上昇します。
──60〜75分の運動なら容易にできるのでは?
岡 そう甘くはありません。国の身体活動ガイドラインでは〝1日当たりの時間にして60分くらいの中高強度のアクティビティーを行うことが望ましい〟としていますが、実際、これをクリアしているビジネスパーソンはあまりいないのではないでしょうか。通勤の電車内は中高強度の運動に当たりません。あるいはフィットネスクラブで2時間過ごしたとしても中高強度の運動に費やす時間は正味30分程度だと思います。また、体操など自主的な運動は継続が難しい。だからこそ、座りすぎないような〝環境〟を整備することが大事なのです。たとえば、昇降式デスクやスタンディングテーブル、ワークステーション(昇降機能のあるパソコンを置く台)の導入などもその一つです。

「立つ」という選択肢を与える
──欧米などでは、日本よりも座りすぎ対策が進んでいるとか。
岡 オーストラリアが一番進んでいるようです。英国もそうですね。この両国では、早くから国レベルで座りすぎ対策のガイドラインを作成しています。北欧や米シリコンバレー(グーグルやフェイスブックなど)の企業でも、転居などの機会をとらえて従来の什器(じゆうき)什器(じゆうき)に代えて昇降式デスクやワークステーションを導入する取り組みが目立ってきています。
──日本はどうですか。
岡 楽天の取り組みは早かったですね。4年前にスタンディングデスクを1万3000台導入して話題になりました。このほかメタルワン(鉄鋼商社)、フジクラ(通信ケーブルメーカー)、アイリスオーヤマ(家電メーカー)なども什器やレイアウトを変更して立って仕事ができるような環境を整えています。
──一方で、座位時間は増加の一途をたどっています。
岡 少し前までは、資料などは共有のキャビネットやロッカーの中でしたから、みんなオフィスを忙しく歩き回っていました。いまはパソコンで一元管理されるのでずっと座って仕事ができます。椅子も人間工学にもとづいた非常に座り心地の良いものになり、家庭用ソファも良質のものがどんどん発売されています。座り続ける環境がますます整えられているのです。
──経営者は、どうしたら良いのでしょうか。
岡 まずは従業員に対して、座りすぎの健康リスクを伝えることです。そして、お勧めしたいのは、できれば30分ごとに3分、少なくとも1時間ごとに5分のブレークを入れ、少し体を動かす習慣づけを行ってください。その上で、必要に応じて昇降式デスクなどの什器を導入していくことを考えましょう。少なくとも、座らないと仕事ができない状況を変え、従業員に「立って仕事をする」という選択肢を与えること。そのために、〝フリーアドレス〟にして、あるエリアでは座り、またあるエリアでは立って仕事ができるレイアウトにすることも一案だと思います。
──するとオフィスのレイアウト変更がポイントになりますね
岡 私は、座りすぎ対策を加速させるには、アクティブワークやスタンディングワークを支えるオフィスデザインやオフィス機器のメーカー、ウエアラブルデバイスやウェブサービス関連企業を巻き込む形でトレンドをつくる必要があると考えています。彼らにお金が落ちれば市場が大きくなるし、全体としての経済効果も出ます。

会話が進み生産性も向上
──今後の見通しは?
岡 「健康経営」を推進するに当たり、私は、座りすぎ対策が1丁目1番地だと思っています。今後は、「座りすぎが健康に悪い」は、「運動が健康に良い」と同じ程度に基本的なリテラシーとなっていくべきでしょう。コストもそれほどかからないし、実践へのハードルは低い。これまでの研究結果を見ると、今後、多くの企業が座りすぎ対策に取り組むようになれば、国民の健康が一気に改善されることさえ期待できます。日本の産業界の99%以上を占める中小企業こそ、座りすぎ対策に真っ先に取り組んで欲しいですね。
──立って仕事をすることで、健康以外のメリットもあるとか。
岡 組織内のコミュニケーションの円滑化に効果があると思います。これは、座ってパソコンにむかっている人は、外から見て〝閉じた〟ように映るのに対して、立っていると〝開いた〟印象になり、話しかけやすくなるからでしょう。さらに、生産性も上がることも期待できます。われわれの調査では、仕事中の座位が長いとパフォーマンスや仕事への意欲が落ちる傾向があるという結果が出ていますし、少なくとも「(立ち仕事によって)生産性は落ちない」というのが現在の常識となっています。
 いずれにせよ、座りすぎ対策にメリットこそあれ、デメリットはほとんどありません。すぐに取りかかることをお勧めします。