なんば・りな
一般企業に勤務するかたわら、仕事帰りや休日に各地の純喫茶を訪問。書籍やツイッター、イベントなどを通して、純喫茶の魅力を発信している。『純喫茶、あの味』(イースト・プレス)、『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)、『純喫茶の空間』(エクスナレッジ)などの著書がある。

色あせぬ「純喫茶」に学ぶ
足を運びたくなる店づくり

町角にたたずむ、喫茶店。なかでも昭和の香りただよう「純喫茶」に魅了される人が続出している。ファンを引きつけてやまないゆえん、そして永続する店舗に共通するものはなにか──。これまで全国各地の2000軒をこえる喫茶店を訪ね歩いてきた難波里奈さんに話を聞いた。

――喫茶店を1日のうちにはしごする日もあるそうですね。
難波 平日は仕事帰りに必ずどこかの喫茶店に立ち寄ります。休日には2、3軒ほどを訪ね、旅行に出かけたときは1日に13軒回ったこともあります。
――喫茶店めぐりを始めてどのくらいたちますか。
難波 10年以上になりますね。当初は東京都内の新たな喫茶店を訪れるたびに、電車路線図に記されている最寄り駅を塗りつぶしたりしていました。最近は原稿執筆のための取材訪問が多くなり、気になる喫茶店にふらっと立ち寄る機会が減っていて心苦しいです。仕事とは関係なく、まだ見ぬお店たちにたくさん足を運びたいのですが……。都内では住吉駅や西大島駅周辺などは、まだあまり開拓できていないです。
――喫茶店に心引かれる理由は何でしょう?
難波 コーヒーやお店ならではメニューはもちろん、インテリアが醸し出す雰囲気にふれて、どれだけ多くの人がこのソファに座ったんだろうとか、店主は来店客にどんな景色を見せたいのだろうとか、想像をいろいろめぐらすことのできる「空間」に引かれます。例えばここカフェ・トロワバグ(東京・神保町)なら、コクのある珈琲や豊富な種類のデザートを味わえるだけでなく、季節ごとに入れ替わる絵画やお花も観賞できる。いわば美術館であり、私にとって1杯の珈琲代は〝入場料〟なのです。
 それと個人店ならではの「ゆるさ」も心地良いですね。例えばお客さんの好みにあわせて珈琲の温度を調整してくれたり、おなかがいっぱいのときにはお土産用に包んでくれたり。家庭の延長のような、店主の温かい配慮も喫茶店の魅力です。

レトロ好きが高じて……
――確かにこれほど安価に美術品を観賞できる場所はないかもしれません。
難波 珈琲は1杯500円ぐらいで、午前中にはモーニングメニューでトーストなどが付く場合もあります。このご時世、もうけが残るのか心配になってしまう価格設定です。
――店内ではどんな過ごし方をしていますか。
難波 原稿を書かないといけないときはノートを持参したりするものの、仕事モードに切り替えられず、のんびり過ごしてしまいがちです。ただ、店主の会話やお店の雰囲気が原稿のヒントになったりするので、大切な時間だと思っています。
――古いインテリアに引きつけられるのはなぜですか。
難波 大学時代、下北沢や神保町に行く機会が多かったからかもしれません。もともとレトロなものが好きで、大学生になって拍車がかかり、雑貨店や古着屋で、ひと昔前の時代の家具や雑貨をよく買い求めていました。自分の部屋を昭和の雰囲気のする内装にしたいと思い、好みの雑貨類を買い求めていくうちに物がだんだんあふれ、収納しきれなくなってしまったんです。でも喫茶店に行けば部屋を模様替えしなくても、日替わりでレトロな雰囲気にひたれると気づき、お店めぐりにいつしか夢中になりました。
――東京喫茶店研究所の2代目所長を名乗られています。
難波 初代の所長は芸術家の沼田元氣さんで、2012年に『純喫茶コレクション』(PARCO出版)を出版したとき、装丁を依頼したのが知り合ったきっかけです。二つ返事で引き受けてもらえ、さらに、研究所の所長はゆずるから、2代目所長として喫茶店文化をしっかり守ってほしいと言われました。その翌日、肩書入りの名刺をつくってしまったほどうれしかったです。
 日々の活動として「純喫茶コレクション(@retrokissa)」というツイッターアカウントを通して、純喫茶にまつわるさまざまな情報を活発に発信しています。フォロワーの皆さんを勝手に所員と思っていて、フォロワー数はまもなく4万人になります。全国の純喫茶ファンが店舗独自のメニューや雰囲気など、地元の人しか知らないようなお店についても発信しあっています。

要望を察知する力
――純喫茶店主を集めたイベントを開いたそうですね。
難波 6月に「純喫茶マスター大集会」と銘打ち、5名のマスターに一堂に会してもらい、それぞれの純喫茶論を語ってもらいました。純喫茶マスターとの対談イベントはこれまでも開催してきましたが、座談会は初めてのこころみ。イベントの企画、マスターとの出演交渉をはじめ、トーク内容の提案、宣伝告知、司会進行まで担当しました。 
 今回、出演を依頼したのは、東京の喫茶店を検索すると真っ先に表示されるような名店(神田・エース、虎ノ門・ヘッケルン、目黒・ドゥー、新宿・らんぶる、駒込・アルプス(3月に閉店))のマスターばかり。どの方も出演を快諾してくれました。打ち合わせのため話を聞くと、マスターの皆さんもほかの喫茶店に足を運んでみたいと思っているんですね。営業時間と休業日が重なるため、気になる喫茶店に行けないと。そこで開催日を休業日である日曜日の午後に設定。おかげさまで120名分のチケットは完売しました。
 イベントではマスターによるトークコーナーのほか、クリームソーダやナポリタンをはじめ、各店の名物メニューを再現して提供したり、コーヒー豆を購入できる場も設け、ファン同士の交流が深まりました。
――イベントで印象に残った事柄はありますか。
難波 開催前の控室で、マスター同士がわきあいあいと話をして盛り上がっていたのは印象的でした。お互いがライバルというより、同志なんですね。トークコーナーでは、居心地のよい空間をつくるため、マスターの皆さんが日ごろいかに心を砕かれているかをうかがい知ることができました。  
 どのマスターも気分の切り替えがとてもうまく、いつ訪問しても笑顔で迎えてくれます。町なかの喫茶店は家族経営の場合が少なくありませんが、仕事中だけでなくプライベートでも顔を合わせていれば、イライラするときもあるでしょう。でもギスギスした雰囲気は来店客に伝わるため、嫌な気分になってもいったんリセットし、フラットな気持ちで仕事に臨めるよう心がけているそうです。閉店後、自宅への帰り道に歌を歌ってストレスを発散させているという方もいました。
 来店客との距離の取り方も参考になりました。あるマスターはお客の来店時、話をしたい雰囲気かどうかを一瞬で判断しているそうです。話をしたい雰囲気ならニュースなどの話題をさりげなくふったり、放っておいてほしい空気を察知したら、距離を置いてくれる。無神経にいろいろ話しかけてくるマスターはあまりいないはずです。長年培われた経験を元にされているのだと思いますが、距離感が絶妙なんです。
――喫茶店では1人で店舗を切り盛りする、〝ワンオペ〟である場合も少なくありません。
難波 接客、調理をこなしつつ、アイドルタイムには食材や備品を買い出しにいかなければなりません。ランチタイムともなれば大勢の来店客の注文を的確にさばき、メニューを提供してくれます。さらに閉店後には経理業務やお店の清掃が待っています。このサイクルを週1日程度の休日で回されているところに、頭が下がります。
 会社員なら体調がわるければ、1日ぐらい休んでも収入に響きませんが、自営業の方は臨時休業すれば1日分の売り上げが丸々なくなってしまいます。バイクで事故を起こし、ろっ骨を骨折したにもかかわらず、その日の午後、包帯したまま店頭に立ったというマスターもいました。とにかく毎日同じ作業を長年続けるのは、骨の折れることだと感じます。
――イベントの反響は?
難波 何よりうれしいのは、参加されたマスターの皆さんの間でヨコのつながりができたこと。「イベントで一緒だったマスターがうちの店に来てくれました」とか、写真付きのメールで教えてくださるので、私がツイートしています。そしてそれを見た参加者や純喫茶ファンの皆さんが、つぶやきを拡散してくれる。イベント後、お店に通ってくれる参加者も多く、交流が今後も続いていってほしいです。好評の声を数多くいただいているので、第2回の開催を企画しています。

ライフワークをこれからも
――喫茶店めぐりにより、ご自身に変化はありましたか。
難波 コミュニケーション力が以前より上がったと感じています。インタビューする店主は、たいてい年上の方ばかりですから、勤務している会社の役員とも気後れせず会話できるようになったり、社内でプレゼンテーションする場合でも、あまり緊張せずに臨めるようになりました。初対面の人と話すのは気を遣うものですが、取材となればそうは言っていられません。もっとも、お店に行くと聞きたいことが自然とあふれ出してくるので、緊張感を忘れてしまいます。
 定時である17時半が近づいてくると、今日はどこのお店に行くかあれこれ考えだして、気持ちがうきうきしてくるんです。生活に張り合いもできます。ですから喫茶店めぐりはいいことずくめ。あえてマイナス面を挙げれば、喫茶代をだいぶ注いできたことぐらいでしょうか。でもライフワークなので気になりません。
――後継者が見つからず、廃業を余儀なくされる店舗が増えている一方、喫茶店経営にチャレンジする人も少なくありません。業界の将来をどう占いますか。
難波 店主がお元気なうちはいつまでもお店を続けてほしいと願っています。経営難でお店を閉じてしまうことのないように、これからも書籍や雑誌、ツイッター等で喫茶店の情報を発信し、1人でも多くの人がお気に入りの1軒を見つけてくれたらと思います。
 昭和時代に建てられた純喫茶は建物の老朽化にともない、閉店してしまうケースが増えていて、私の愛する空間はいずれ姿を消してしまうでしょう。たとえ建物や内装が変わらなかったとしても、店主が交代すると雰囲気ががらっと変わる場合もあります。メニューや内装、雰囲気など、何に魅力を感じるかは人それぞれですが、気になるお店があれば、ぜひ早いうちに足を運んでほしいですね。
――喫茶店を経営したいと考えたことはありますか。
難波 いまのところないですね。自分のお店を経営するとなると、他の喫茶店に行けなくなってしまいますから。当面、いろいろな店主の話を聞いたり、メニューを味わったりしてインプットしていきたい。頭の中が満タンになれば、アウトプットしたいと思う日がくるかもしれません。