わさびの一大生産地として名高い静岡県で、主にわさび漬けを製造、販売している田丸屋本店。練り物製品としての従来のイメージを覆すビーズ状のわさび「わさビーズ」が好調だ。味わっても良し、目で楽しんでも良し。SNSが隆盛をきわめる時代に生まれたヒット商品の開発過程をたどる。

 広報・PR、あるいはマーケティングツールとして存在感が日増しに高まっているSNS(会員制交流サイト)。「わさビーズ」はそんな時流を巧みにつかんだヒット作といえるだろう。鮮やかな見た目と秀逸なネーミングが消費者の心をつかみ、発売後1年がたつ今も、商品にまつわる投稿が絶えない。もちろん、そのほとんどは写真付きだ。
 「購入されたお客さまから色合いが美しく、食卓が華やかになるといった感想を数多くいただいています。昨年12月の一般向け商品発売直後から予想を上回る反響があり、一時期は生産が間に合わず注文受付を中止したほどです。生産設備を増強しましたが、フル稼働状態が続いています」
 こううれしい悲鳴を上げるのは、開発に加わった松永悠佑開発係長。田丸屋本店が開設するツイッターアカウントの 〝ナカの人〟も兼ねている。公式アカウント「わさびの田丸屋本店」のタイムラインをのぞいてみると、しらす丼やそば、トーストなどにわさビーズをトッピングした写真が目を引く。購入客のつぶやきを松永氏がリツイートしたものだ。和食にかぎらず、ローストビーフやカルパッチョ等、洋食料理に盛り付けられた写真も目立つ。
 「具材に載せるだけでなく、お皿の上に盛り付けても見栄えがするのも売りです。原料に静岡県産のわさびを使用し、かむとわさびオイルが口の中に広がるようになっています。お寿司(すし)1貫につき3粒ほどが適量です」
 松永氏がツイッターでわさビーズを初めて紹介したのは、発売1週間前の12月16日。「平成最後のクリスマスにあわせ、新商品を発売します」との文言とともに、イクラの軍艦巻きにわさビーズを載せた写真を投稿した。緑色のイクラと見まがう画像のインパクトは大きく、情報はたちまち拡散。なにしろ1万件以上のリツイートと「いいね」を記録したというからすごい。
 「料理の写真をSNSに載せて、『いいね』を押してもらうのが自己満足につながる。そんな世の中の動向にうまくはまったといえます。もし10年前に発売していたら、ここまで人気にはならなかったでしょう」
 有名ユーチューバーが自身のチャンネルで、イクラの軍艦巻きの中にわさビーズを忍ばせる動画をアップしたことも人気に火をつける要因となった。公式アカウントのフォロワー数も、わさビーズ発売前の2倍まで跳ねあがった。
構想10年開発3年
 同社は創業140年をこえる老舗。看板商品のわさび漬け以外にも、わさびを使用したお茶漬けやふりかけ、菓子メーカーとコラボレーションして開発したつくだ煮など、斬新な商品を送り出してきた。望月啓行社長の長年温めてきた構想がわさビーズ開発のベースになっていると、松永氏は語る。
 「わさびの辛み成分は加熱や水分に弱く、それらに耐えられるわさびを開発するべく、望月は10年以上前から新商品のアイデアを練ってきました。取引先の食品メーカーに依頼し、練り物の中にわさびを入れて味を確かめたりしたこともあります。ただ、見栄えの問題等があり、仕切りなおしになっていたんです」
 2016年に4名の社員からなる新商品開発チームが発足。キューブ状、球状などさまざまな形状の商品を試作し、イクラに似たビーズ状の形に落ち着く。開発過程で最も難航したのは、辛さの調整だった。辛さは甘さなどと異なり、「痛み」の味に分類される。痛みの味は経験に比例して慣れてくるため、個人差があるのだ。
 「粒の数で辛さを調節できるとはいえ、お客さまに目安を提示する必要があります。料理に添えたときの見栄えを考慮すると、1粒ではやはりさびしい。寿司ネタ1貫あたり3粒を念頭に置き、辛さを調整しました」(松永氏)
 さらに、わさびオイルを閉じ込める膜の厚さにも工夫を施した。発売開始当初より膜を薄く改良し、イクラに近い食感を実現している。一般顧客向けに先立ち、昨年10月に業務用として発売したのが市場投入のはじまり。飲食店や食品メーカーを対象にした展示会で、マカオにあるレストラン担当者の目に留まり、早速採用が決まった。
 その後イベント等で来場者に試食してもらううちに、一般消費者向け商品のニーズが高まっていく。パッケージやシールを急ピッチで仕上げ、発売にこぎ着けたのが昨年末。松永氏は「わさび漬けは、故郷に帰省する際の手土産として買い求める方が多いため、例年お盆と正月は最繁忙期。発売直後から生産に追われたのはうれしい誤算でした」と振りかえる。
放たれた「二の矢」
 9月には新商品を立て続けに発売。まず「わさびレモン」。静岡県産わさびの中にペースト状のレモンが練り込まれていて、わさびの辛さとレモンの香りが同居する。刺し身料理だけでなく、から揚げや焼き鳥などの揚げ物にも合いそうな調味料だ。そしてわさビーズの姉妹商品といえる「ラー油ビーズ」もラインアップに加わった。まさにイクラそのもののような朱色の外見ながら、ひと口ほおばるとラー油が広がるという、これまた意外性が話題を呼びそうな一品となっている。
 ただ、本家のわさビーズ人気もまだまだ下火になる気配がない。折にふれてエゴサーチ(検索サイトで自社製品名などを入力し、インターネット上の評判を探ること)を行うと、商品が転売されているケースもあるというが、松永氏は「転売は人気を測るバロメーター」と意に介さない。発売開始1年をむかえ、カギになるのは店頭で初めて商品を目にした客の購入率をいかに高めるか。
 「わさビーズに合う料理をもっと教えてほしいといったご要望もいただいています。クックパッドのページにレシピをさらにアップするなどして、新たな利用方法を提案していきたいです」と松永氏はいっそうの販売促進に余念がない。
COMPANY DATA
株式会社田丸屋本店
創 業 1875年
所在地 静岡県静岡市葵区紺屋町6番地の7
社員数 約100名(パート・アルバイト含む)
URL http://www.tamaruya.co.jp/