ポロの世界大会として知られる「ザ・ロイヤルウィンザー・カップ」。2019年6月英国で開催された同大会の主賓席での昼食として、メイドインジャパンのキャビアが供された。製造したのは東京都大田区のケーブルメーカー、金子コードである。
 
    昼食会にはエリザベス女王をはじめ、各界の著名人が出席。ふるまわれた「ハルキャビア」に舌鼓をうった。
 「世界で開催されるパーティーのケータリングサービスを提供しているモシマンズというクラブがあり、シェフに当社のハルキャビアを試食してもらったところ、絶賛されました。彼の提案を受け、ハルキャビアが昼食会で供されることになったんです」
 いきさつをこう明かすのは金子智樹社長。チョウザメの卵を塩漬けにしたキャビアは世界三大珍味と評されるが、日本国内で流通する商品はおしなべて海外からの輸入品という。
 ハルキャビアは天竜川上流域の静岡県春野町で生産される。キャビアの風味を左右するのが、チョウザメの養殖環境。わけても重要な要素が「水」である。南アルプスのふもとに位置する春野町の水質は、推して知るべし。金子社長は現地を訪れ、ひと目ぼれしたと高揚感を隠さない。
 「世界一おいしいキャビアを製造するには、世界一きれいな水が必要。ふんだんに湧き出る地下水を求め、日本中を探し回りました。春野町にめぐりあえたときは、ダイヤの原石を見つけたような気分でしたね」
 養殖には川の水を取水ポンプでくみ上げ、水槽内を循環させる「かけ流し式陸上養殖」という方法を採用している。ハルキャビアのラインアップは「雪どけ」と「春一番」の2種類。現在は高級レストランを中心に販売する。国産キャビアの輸出は2015年に解禁になったものの、国内で養殖事業を手がける企業は数少ない。創業80年をこえる老舗ケーブルメーカーが高級食材の生産に着手したのはなぜか──。

世界一へのこだわり
 同社の祖業は電話機ケーブルの製造で、創業は1932年にさかのぼる。国の認定事業者の1社に選定され「左うちわの時代が長らくつづいた」(金子社長)。しかし、コードレスフォンの登場で潮目が変わった。着目したのが医療分野。2代目社長の正一氏はメディカル部門を立ち上げ、カテーテルチューブ等を製造するようになる。中国・蘇州市、上海市に営業所を開設するなど順調に成長を続け2005年、当時38歳の智樹氏が社長に就任した。
 「65歳での引退を思い描き、27年間を3分割し9年を1クールととらえ、経営戦略を練りました。第1ステージの目標は、本業の経営基盤を盤石にすること。メディカル部門の売上高を就任時の6倍まで引き上げ、事業の柱とすることができました。従業員が増え、利益もある程度生み出せる体制になった。そんななか第2ステージがスタートし、新事業を検討するため立ち上げたのがゼロワンプロジェクトでした」(金子社長)
 企業経営には波がある。時代の変化に対応し、事業内容のブラッシュアップを図らなければ存続はおぼつかない。創業メンバーが会社を去り、「無」から「有」を生み出すDNAが薄れつつあるとの危機感があった。金子社長は大胆な手を打つ。電線部門の責任者をプロジェクトリーダーに抜擢。新事業のテーマ探しのため、世界中を半年間視察させたのだ。
 「テーマ選びの条件に挙げたのは、既存事業の延長線上にないもの、そして時間のかかるものという2点。彼は各地を訪問するたびに、アイデアを提案してくれました。東南アジア諸国のほとんどは訪ねていたと思います。帰国後さまざまなテーマが俎上にのりましたが、社会的意義があり、なおかつ世界一になれる分野に進出したいとの思いが強くなっていきました」
 候補はほどなく食品事業に絞られ、ウナギの養殖、ワイナリーの経営等のアイデアが挙がるなか、メンバーの腑に落ちたのがキャビアの生産だった。陸上養殖技術の蓄積により、きたる食糧難時代に貢献できるかもしれない。キャビアを愛好する富裕層にもアプローチできるのではとの期待もあった。成果を短兵急に求めず、中長期のビジョンを元に事業展開できるのは、オーナー企業の強みといえよう。

第三者の評価を求める
 こうして2015年食品部門を立ち上げ始動した、国産キャビアの生産。ケーブル製造を長年なりわいにしてきた同社にとって、まさにゼロからの挑戦だった。カベとして立ちはだかったのが「キャビアといえばロシア産」という日本人に流布した先入観。金子社長はあくまで客観的な評価にこだわり、奔走した。
 「うちのつくったキャビアはおいしいといくら売り込んだところで手前みそ。世界中のキャビア生産地、著名レストランを回りキャビアを実食してみて、当社のハルキャビアがどのくらいの位置にあるのか確かめることができました」
 キャビアづくりのノウハウを学び養殖技術を磨くと同時に、有名シェフの元を訪ねてハルキャビアを試食してもらい、忌憚のない意見を仰いだ。「このキャビアはおいしい」「うちのお店でも提供したい」。ハルキャビアを採用するレストランが徐々に増えるにつれ、周囲の反応が変化していくのを肌で感じた。
 「生産したての鮮度の高いキャビアを味わっていただけるのは、国産キャビアならではの付加価値です。有名シェフの方からお墨付きをもらえたのは、大きなターニングポイントになりました。オセロが逆転するように、ハルキャビアを提供するレストランが増えていったのです」
 国内ではまれなキャビア生産が軌道に乗り、電線、メディカル部門につづく、3本目の事業の柱を確立した金子コード。キャビアの生産は例年11月から3月にかけて。ことしは生産がひと段落したところで、パンデミックという非常事態に見舞われた。
 30年前にメディカル領域に進出したのは、不況に強い業種である点も理由のひとつだった。コロナショックが襲うなか、同社では自動車メーカーの操業停止などによる電線部門の打撃を、メディカル部門がカバーしているという。「令和は新事業を興す時代」と意気込む3代目社長の次の一手に注目が集まる。    

COMPANY DATA
金子コード株式会社
創 業 1932年4月
所在地 東京都大田区西馬込2-1-5
売上高 47億円
社員数 362名