自動車の車台番号やカトラリーに施されるロゴマークなど、品質を保証するうえで欠かせない「刻印」。トレーサビリティーへの関心が高まるなか、あるメーカーの発売したデジタル刻印機が注目を集めている。創業100年をこえる老舗は、未曽有のパンデミックにいかに対峙したか──。

 「Patmark(パットマーク)のコンセプトは、ハンディタイプのデジタル刻印機。世界中でよく売れています」
 花輪篤稔社長は顔をほころばせる。ポータブルなのが売りで、なにしろ最軽量モデルは1・4キロ(ACアダプター使用時)ほど。刻印する文字や数字の入力には、スマートフォン用のアプリを用いる。テキストサイズやデザインを選び、データを送信。パソコン向けソフトを使用すれば、複数行にわたる打刻やロゴマークのデザインなどの詳細な設定もできる。
 「従来のドット式刻印機にくらべて手軽に利用できるので、既存のお客さまの社内でも、部署をこえてユーザーの方が広がっている印象があります」(花輪社長)
 パットマークは中国・深?(シンセン)の工場で製造後、東京にある本社工場での組み立てと品質チェックを経て、海外に出荷される。販売代理店のネットワークは、足元で17カ国まで拡大した。

「日々収支」を公開
 現在は米ロサンゼルスを拠点に活動している花輪社長。例年、欧州やアジア、南米各国への出張に年間のおよそ3分の2を費やしていたが、2020年は「非日常」をしいられた。新型コロナが中国、日本そして米国へと伝(でん)播(ぱ)していくのにしたがい、生産、営業活動に影響がおよびはじめる。
 「旧正月で故郷に帰省した従業員が深?に戻れなくなり、現地工場の操業がストップしました。広州の日本領事館に掛けあったりして、生産再開にこぎつけたのが2月です。一方、日本における売上高は対前年比5割減で推移したものの、10月以降、徐々に持ち直しつつある状況。米国は感染終息の兆しが見えず、回復軌道にまだ乗っていません」
 コロナ禍は働き方の変化を加速させる契機にもなった。20年5月に緊急事態宣言がいったん解除された後も在宅勤務を継続している同社。もともと、オンラインによる社内会議や顧客との打ち合わせを頻繁に行っていたが、在宅勤務の原型となる独自の制度を考案していた。それが15年に導入した「CIデー」。CIはCreative&Innovationの略で、社員は週に1日、自宅で業務を行うことができた。発案したのは、ほかならぬ花輪社長だった。
 「米国に移り住む前は香港で暮らしていて、深?工場に出勤するかたわら、東京の本社にも月に数回赴く生活を送っていました。試しに自宅で丸1日仕事をしてみたら、集中力が高まって業務が予想以上にはかどった。『自宅で仕事するのもありなのでは……』と考えたのがはじまりです」
 19年まで営業、設計部門、そしてカスタマーサポートの担当者が「CIデー」を活用し、事務所でなかなか着手できなかった業務や製品設計に臨んでいた。昨年以降、部門ごとに在宅勤務できる日数を取り決め、感染拡大状況をにらみつつ対応している。
 毎朝実施している朝礼の光景も様変わりした。いまや製造部を除き、各部署がオンライン形式で実施している。特筆されるのは、最新の業績を幹部社員のみならず全従業員に開示しているところ。大型モニターに業績データを投影し、収支に関する情報を共有する。
 花輪社長が「日々収支」と呼ぶエクセルシートには、日にちごとの受注額や営業所別の見積もり額に加えて人件費、水道光熱費といった費用まで、1円単位の数字がびっしりとならぶ。さらに日々収支を元に月間収支が算出され、これが従業員に支給される賞与のベースとなる。
 「半年間の月間収支を合計し、そのうち2割をパート従業員も含めた賞与の原資にしています。従業員は業績の推移を日々確認しているので、賞与の増減が肌感覚で予想できる。この取り組みは10年ほど継続しているので私が指示しなくても、目標の金額をクリアしようという雰囲気が現場に醸成されています」
 朝礼で発表後、共有フォルダーにシートを格納し、全従業員が随時アクセスできる。日々収支はエクセルシートに長年記入してきたが、システム化する計画が進んでいるという。

インフラ設備にも対応
 トレーサビリティーのニーズが高まっているのは、工業製品や日用品にとどまらない。水道管や通信ケーブルといった、インフラ設備にも刻印は用いられている。コロナ禍において、思わぬ特需も生まれた。
 「米国ではインフラ設備自体に刻印するケースが増えています。作業担当者が刻印機を使いまわすのは衛生面で好ましくないと、担当者専用のパットマークを配備するため、引き合いが一時期急増しました。現場で刻印できる手軽さと、リーズナブルである点が評価されたようです」
 インフラ設備におけるマーキングは、これまで悩みのタネだった。インクやシールだと、経年劣化で消滅するおそれがある。設備本体に半永久的に記録を残せる刻印なら、安心感は格段に高まるにちがいない。
 中国と香港に拠点を構える同社にとって、昨年は国家安全維持法が施行されるなど、大きな節目の年となった。業務で活用しているグーグルのさまざまなウェブサービスも中国では利用できない。そうしたネット上の規制が今後香港におよぶ可能性もある。「米国で暮らしていると、自由のありがたみをひときわ感じる」と花輪社長。視線の先には、欧州、アジア諸国の代理店サポート体制の充実化を描く。
 「ゆくゆくは欧州や、多数の日系企業が進出しているタイに事務所を開設する予定です。トレーサビリティーに対する意識は、世界でいっそうシビアになっていくことでしょう。パットマークにはQRコードを刻印する機能もあり、QRコードを読み取れば、詳細な製品情報を把握できます。お客さまの製品の付加価値向上につながるツールをこれからも開発していきたいです」

COMPANY DATA
東京彫刻工業株式会社
創 業 1919年
所在地 東京都墨田区亀沢3-23-12
売上高 6億円(グループ合計)
社員数 50名(グループ合計)