天守に住んでいたのは信長だけ!?
権力の象徴として大名たちがこぞって築いた天守。城のなかでもいちばん目立つ建物のため、「お殿様は天守に住んでいたんじゃないの?」と思う人は多いと思いますが、実際はどうだったのでしょうか。

天守を生活の場としていた人物は存在します。天守第一号である安土城(滋賀県)天守(安土城の場合は天「主」)を造った織田信長です。信長は安土城天主の内部を豪華な障壁画などで飾らせ、自分の居住空間としていました。

では、信長以降の大名は天守に住んでいたのでしょうか。実際に天守の中を見て確かめてみましょう。下の写真は、江戸時代から現存する彦根城(滋賀県)と姫路城(兵庫県)の天守の内部です。

どうでしょうか、どちらの天守も国宝に指定されるほどの壮麗な外観を持っているのですが、内部は柱や壁の木がむき出しで装飾性は一切ありません。緊急時に寝泊まりするくらいなら何とかなりそうですが、城主が生活する場所としてはふさわしくありませんね。

そう、信長以外の武将や大名は天守には住んでいませんでした。彼らは城の本丸や二の丸などに造られた御殿と呼ばれる建物に住み、政治を行っていたのです。御殿には「表御殿」と「奥御殿」の二つがあり、「表御殿」で城主は家臣たちと政務を行います。

「奥御殿」は城主とその家族が生活する私的空間です。現在の首相官邸と首相公邸のようなものと言うと分かりやすいでしょうか?