このことは、戊辰戦争の末尾を飾る箱館戦争で実証されます。榎本武揚が率いる旧幕府軍は新政府軍の軍艦からの射撃になすすべなく、降伏開城することになったのです。五稜郭の敗戦は、幕府の時代錯誤ぶりを伝える歴史的事件といえるでしょう。

さて、あまり知られていませんが、日本にはもう一つ星形の城が残ります。長野県佐久市に残る龍岡城です。航空写真で見ると五稜郭と同じ五角形の星形となっていますが、規模は五稜郭の1/5程度とミニチュアサイズ。

ものの数分で城の外周をめぐることができ、水堀もせまくて、とても近代兵器に対抗できるとは思えません。築いたのは、陸軍総裁など幕府の要職を務めた松平乗謨(のりかた)(大給恒とも)。西洋事情にも通じていた彼が、なんでこのような実戦的でない城を築いたのか。

五稜郭の試作だったのか、西洋趣味が長じただけか、滅び行く江戸幕府のあだ花にしたかったのか……。龍岡城を訪れることがあったら、この城の意義と築城された理由に思いを馳せてみてください。

お城情報WEBメディア「城びと」
2018年8月初出の記事を再編・再掲載