お城に行くと、市役所や県庁を見かけることが多い気がしませんか? 今回は、なぜお役所はお城の近くに建てられることが多いのか探ります。近世城郭の成り立ちにその謎を解くカギがある!?

織豊大名の城づくりは商業重視!?
日本全国に残る城郭。その中でも、天守や石垣、堀など多くの遺構が残る近世城郭は、アクセスがよく整備も整っていることから、観光地としても人気のスポットとなっていることが多いですよね。そんな近世城郭の近くでは、市役所や県庁などの建物を目にすることがよくあります。

例えば、2018年に本丸御殿が公開され、注目を浴びた名古屋城(愛知県)。1本道をわたると、名古屋市役所、愛知県庁、県警本部などの官公庁街が広がっています。

竹中半兵衛の親戚・竹中重利(たけなかしげとし)が築いた府内城(大分県)も内堀のすぐ外に大分県庁が。中でも異彩を放つのは福井県庁。この県庁が建つのは福井城(福井県)の本丸ど真ん中で、いかにも江戸時代の遺構ですといった水堀を超えると、11階の高層ビルがどーんとそびえているのです。

また、あまり知られていませんが、福島県庁も板倉氏3万石の居城跡。遺構はわずかに土塁などが残るのみですが、発掘調査などで古代から近世の遺物が多数発見されています。

なぜ、近世城郭の近くでは都道府県庁や市役所をよく見かけるのでしょうか? その理由を探るには、近世城郭が全国に普及するようになった織豊期まで時間をさかのぼる必要があります。

天正18年(1590)に天下を統一した豊臣秀吉は、太閤検地による税の基準統一や、堺、博多といった商業都市を抑えて財政基盤を整えるなど、経済感覚に優れた人物でした。そんな秀吉の経済手腕は築城においても遺憾なく発揮されます。