「日本の城」といわれてイメージするのは、時代劇に登場するような天守や櫓のある近世の城ではないでしょうか。今回ご紹介するのはそのイメージとは全く違う、戦国時代に活躍した“海賊の城”です。現在の愛媛県今治市周辺の瀬戸内海を拠点とした、村上海賊の「能島城」は、潮の流れが取り巻く海城で島全体が城塞化されています。能島城にはどんな歴史ロマンが詰まっているのでしょうか!? お城マニアのいなもとかおりさんがご紹介します。

海に浮かぶ孤島の城と、村上海賊
みなさんは「海賊」というとどのような姿をイメージしますか? 金品を盗む盗賊? それとも財宝を追いかけて世界中を旅する人? 

今回登場する村上海賊は、戦国時代に瀬戸内海を通行する船から通行銭などをもらい、交易・流通の安全を守る海上活動を生業としていた一族です。海外の映画に登場するような「パイレーツ」というよりも「海上保安官」といったイメージの方が近いかもしれません。

能島村上家、因島村上家、来島村上家の三家からなる村上氏の全盛期は16世紀頃。なかでも能島村上家が拠点としたのが能島城です。島全体が要塞となった海城で、村上海賊を代表する城。この三家は運命を別ち、それぞれの未来を歩んでいくことになります。

実際に戦があった!能島城合戦
能島城を舞台にした戦もありました。戦国時代、北部九州をめぐり毛利氏と大友氏は対立。大友氏の呼びかけにより毛利氏包囲網ができ、永禄13年(1570)には能島村上氏もこの包囲網に加わりました。そのため毛利氏より狙われることとなります。

毛利軍は能島村上氏の家臣・嶋吉利の守る本太城(岡山県)、そして能島村上氏の拠点 務司城(むしじょう)を落とし、ついに元亀2年(1571)能島城を攻撃(能島城合戦)。援軍が駆けつけますが、これも毛利方の小早川軍・因島村上軍・来島村上軍などによって撃退され窮地に陥ります。能島村上氏を手助けするため、大友氏は和睦を斡旋(あっせん)。その後、和睦は成立し戦いは幕を閉じました。