初心者向けにお城の歴史・構造・鑑賞方法を、ゼロからわかりやすく解説する「超入門! お城セミナー」。近年相次ぐ城の大発見。駿府城の天守台や岐阜城の山麓居館跡など、在りし日の姿が発掘調査によって明らかになりつつありますが、そもそも、遺跡はなぜ土の中に眠っているのでしょうか? 遺跡が地中から発見される理由、そして発掘調査を行う意義について説明します。

京都のド真ん中から発見された秀吉の城
2020年6月、城ファンにとってはコロナ禍の憂鬱を吹き飛ばすようなニュースが報道されました。京都御苑内から、秀吉の“幻の城”と呼ばれる京都新城(京都府)の石垣と堀跡が発見されたのです。

秀吉が築いた京都の城と聞いて、聚楽第(京都府)を想起する人がいるかもしれません。京都新城は聚楽第跡に規模を縮小して築かれた城ですが、聚楽第とは異なります。聚楽第は秀吉から関白を引き継いだ豊臣秀次の失脚後、破却されてしまいます。今回発見された京都新城は、聚楽第が壊されてから2年後の慶長2年(1597)に築かれた城郭であり、京都における豊臣家の新たな拠点になるはずでした。

しかし、築城の翌年に秀吉は死去。京都新城は秀吉の正室・北政所(ねね)が隠居屋敷として使用しますが、関ヶ原の戦い直前に破壊されます。その後は数少ない文献に伝えられるだけで、人々の記憶から消えた城となってしまいました。それが400年以上の時を経て、地中から見つかったのです。発掘現場からは石垣や堀跡といっしょに金箔瓦も発見! それが京都新城だということを裏付ける決定打になりました。

さて、近年では発掘調査によるお城の新発見が相次いでいますが、そのようなニュースが流れるたびに、「なんで城跡が地下に埋もれているの?」と疑問に思う人がいるかもしれません。そこで今回は、遺跡が地中から発見される理由、そして発掘調査を行う意義について説明していきましょう。