初心者向けにお城の歴史・構造・鑑賞方法を、ゼロからわかりやすく解説する「超入門! お城セミナー」。それまで存在しなかった天守が建つ城を生み出したのは織田信長ですが、信長は本能寺の変で志半ばに他界したため、天守を全国に広めることはできませんでした。天守が建つ城を全国に拡散したのは誰だったのでしょうか。

城郭史においても規格外で革命児だった信長
2月7日の放映で最終回を迎えたNHK大河ドラマ『麒麟がくる』。城びとの読者の中には、いまだ長谷川光秀ロスを引きずっている人も多いのではないでしょうか。

戦国時代を舞台にした『麒麟がくる』では、明智光秀出生の城である明智城(岐阜県)やユースケ・サンタマリア演じる朝倉義景の居館・一乗谷館(福井県)など、じつに多くの城が登場しました。中でもインパクトが強かったのは、光秀の坂本城と織田信長の安土城(どちらも滋賀県)でしょう。主人公・光秀の居城である坂本城は設計段階から描かれ、第36回では琵琶湖畔にたたずむ異形の天守が表れました。まあ、城の姿よりも最上階での煕子とのキュンキュンシーンのほうがインパクトは強かったわけですが。

安土城は覇王信長の城らしく、天守の絢爛豪華さも大広間のだだっ広さも規格外! ドラマ内で信長自身が語っているように、「日輪のように光り輝く」存在として、信長のスケールの大きさやら強欲ぶりやらを体現していました。ちなみにこの安土城、第39回ではじめて建設計画が語られ、その後何度か建造中の天守が写され、完成したのは最終回直前の第43回。ここまで引っぱるなんて、制作者のこだわりが感じられます。