【宮崎県】見るものを圧倒する「千人殺しの石垣」が迫力!「延岡城」(続日本100名城)
豊臣秀吉に立ち向かった秋月氏の出身である高橋元種が、関ヶ原の戦いで勝利した後に築いた延岡城。その最大の見どころといえば、「千人殺しの石垣」と呼ばれる高さ約19m・総延長約70mもの高石垣。一部の石を外すと石垣が崩れ落ち、一度に千人を殺すという言い伝えが名前の由来なのだとか。

元種が改易された後は、キリシタン大名の有馬氏が城主となり、城全体を大修築しました。その頃に築かれた櫓跡なども現存しており、激動の歴史と共に変化した延岡城の軌跡をたどることができます。

【鹿児島県】シラス台地に築き、天然の崖を守りに活かした「知覧城」(続日本100名城)
島津家ゆかりの佐多氏が礎を築いた知覧城。標高170mのシラス台地という特殊な地形に築かれ、4つの独立した曲輪が約40mもの切り立った崖によって守られるという、非常にユニークな構造をしているのです!

知覧城といえば、薩摩藩による独自の統治システム「外城制」として置かれた外城の一つ。この外城制の代表格である知覧麓の町並みも、武家屋敷が建ち並んで見ごたえ十分なので、併せて立ち寄りましょう。

【鹿児島県】薩摩藩の城造りと歴史を体感できる「鹿児島城」(日本100名城)
薩摩藩の本拠地で「鶴丸城」という別名をもつ鹿児島城。幕末から明治期にかけての戦禍によって建物遺構は残っていませんが、立派な石垣と水堀が現存し見どころとなっています。厄よけのため石垣の隅部を欠けさせた「隅欠(すみおとし)」に注目!

なお、山麓に位置する鹿児島城の背には、標高107mに位置する中世の山城「上山城」がありました。ここは西南戦争の最後の決戦地として知られ、「西郷洞窟」と呼ばれる隠れ場なども現存しています。ぜひ足を運びましょう。

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