二重の空堀が守る西の門跡
曲輪は、高いところで4〜4.5m、低いところでも1〜1.5mの土塁に囲まれ、さらに外側には沢地形を利用した空堀が四方に巡っています。

虎口は東西にそれぞれ1箇所ずつ設けられ、なかでも他の面に比べて西側は、二重の空堀が掘られた厳重な構えです。発掘調査によると、築城当初は二重の薬研堀(やげんぼり)に木橋をかけ門を通過し中に入る導入路となっていましたが、城の改修とともに堀も造り替えられました。城内側は、堀の形状が「薬研堀」から「箱堀」へ、「木橋」も「土橋」へと移行していったようです。

<改修前>
城外側:薬研堀・木橋
城内側:薬研堀・木橋
<改修後>
城外側:薬研堀・木橋
城内側:箱堀・土橋

志苔館の近くで見つかった大量の財宝⁉︎
昭和43年(1968)、志苔館跡から300mほど離れた地点の道路拡張工事でお宝が発見されました! その数、なんと38万7514枚の古銭。古銭がぎっちり入った大甕が3個も出てきたのです。

持ち主や埋めた意図は不明なままですが…ヒントはこの大甕にあるかもしれません。大甕はいずれも14世紀後半〜15世紀初頭に属するもので、産地は越前と珠洲でした。志苔館から出土した甕との共通点もあることから、館主の小林氏が強く関係していそう! それにしても儲かっていたのですね。羨ましいです。

「北海道志海苔中世遺構出土銭」は、市立函館博物館にて常設展示されているので併せて訪れてみてください。