お城に関する素朴な疑問を、初心者向けにわかりやすく解説する連載「超入門! お城セミナー」。今回は、城に残る人柱伝説について。築城工事を円滑に進めるために行われたという「人柱」の風習は本当にあったのか? 松江城や白河小峰城、日出城、吉田郡山城……など、各地に残る人柱伝説を紹介し、その真偽に迫ります。

若い娘や僧侶が犠牲に……城に残る悲しき人柱伝説
「人柱伝説」——。城めぐりをしていると、築城悲話として紹介されているのを、よく目にしますよね。「人柱」は、神の加護を得たり、穢れを払ったりする時に生きた人間を犠牲にして捧げる、人身供犠(じんしんくぎ)・人身御供(ひとみごくう)の一つとみられています。いわゆる生贄(いけにえ)です。そして人柱伝説は、大規模で困難な工事の無事を祈って行われたと伝わり、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、オセアニアの一部などにみられます。日本では、築城の他に橋や堤防の工事にまつわる話として、よく語られます。城を築く際、「土台や土の中に人間を埋めた」という、今では耳を疑うような儀式が、本当に行われていたのでしょうか?

各地の城に残る伝説を見てみましょう。最も多いのが、美しい未婚の娘が人柱に選ばれる例。その後の怪異や、供養のために城の施設に特別な名前を付けたというような、後日譚も共に語られます。

郡上八幡城(岐阜県)には、築城時(または改修時)に一番の美女だった「およし」という娘が人柱として生き埋めにされたという伝説があり、本丸石段の下で「オヨシオヨシ」と言って手を叩くと、鳴くような声がしたといいます。天守前におよし観音の祠が建っており、城下にもおよし稲荷があったり、「郡上おどり」でも、およしのための縁日おどりが行われるとか。長浜城(滋賀県)でも、築城時に城下一の美女「おかね」が人柱になり、埋められた辺りの堀を「おかね堀」と呼んだという伝説が。ここには、盲目の妹の代わりに人柱に志願した漁師の娘「おきく」の伝説もあり、天守閣跡にはおかねの石碑と、おきくを鎮める稲荷祠が建っています。