お城に関する素朴な疑問を、初心者向けにわかりやすく解説する連載「超入門! お城セミナー」。今回はお城の持ち主について。お城の持ち主は造った人? それとも住んでいた人? 明治時代以降は誰のものになったの? など、意外と気になるお城の所有者に関する疑問を解説します!

基本は守備する武将や領主が城の持ち主
「一国一城の主」。う〜ん、いい響きです。現代では「持ち家がある人」のことを指すことばになってしまっていますが、「本物の城に住んでみたい!」という夢を胸に抱いている人は、少なくないのでは。うらやましいことに、ヨーロッパでは個人で城を所有するということはそう珍しくないもよう。日本はどうかというと、自分の土地に天守モドキを建てることで夢に近づいている人がごく一部いるくらいでしょうか。あとは、城びとでも特集した城泊(夢の「城泊」!全国「泊まれるお城」大調査!)に参加したり、熊本城(熊本県)などが実施している「一口城主」の制度に出資して、プチ満足……といったところ。

あれ? そういえば、日本の城って誰のものなのでしょうか? ということで今回は、意外と考えたことのない、過去から現在までの「日本の城の所有者」について解説します。

城がもっぱら軍事的な防御施設で、使い捨ても当たり前だった中世までは、「城主」とは、詰めている兵を指揮してその城を守るリーダーのことを指したようです。そして、城が巨大化してその役割も増えていった近世以降は、その土地の領主である大名、つまり藩主が「城主」となり、住居・防御施設・政庁として城を日常的に使用・管理していました。

ところが、幕府の国替やら改易やらのお達し一つで、領地替えはけっこう頻繁に行われていました。現代のように法で定められた土地の所有権がなかったため、一国一城の主といえど、「いやいや、この国はそれがしのものでござる!」と幕府に楯つくことなどできず、心血を注いだ城普請の途中でも、渾身の政策で領地を豊かにしようとがんばっている最中でも、黙って引っ越さなければなりませんでした。ということは城の所有者は、城主のようでじつはそうではなく、幕府だったことになります。