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「信頼関係が崩れたら口約束は意味を持たない」
前編記事では、昨年11月15日にニッポンアカデミーで開かれた説明会で、ウクライナ避難民の学生たちを前に、1か月約10万円の授業料を支払うよう説得を試みる清水澄氏(当時理事長)の発言を紹介した。
清水氏も、説明会の中で、何の支援も受けてない多くのアジア人留学生に比べ、ウクライナ避難民は経済的に恵まれていることを強調した上で、契約について次のように語っている。
「要するに、無償ってことは一切言ってません。(中略)どうしてウクライナのためにお金払うの嫌なんですか、教えてください。私たちは一切のコントラクト(契約)に基づいてやってるわけではないですよ」(清水澄・当時理事長)
新たな身元引受人を見つけ、3月にニッポンアカデミーを退学したというルニン・ヴラディスラヴさんも、「口頭の約束は、信頼によって支えられています。信頼関係が崩れたら、口約束なんか、何の意味も持たなくなるのです」と、肩を落とす。
「学費請求問題」の争点になっている“口約束”とは、いかなる内容だったのだろうか。
「これは、昨年4月27日にNIPPON語学院(ニッポンアカデミーが運営する日本語学校)の柏崎妙美学院長から、ウクライナのリヴィウやキエフにある言語大学に送られたメールです。
これにより、学校は避難民の募集をかけたわけです。メール内では、明確に『いつまでの学費は無料で、いつから有料』ということは書かれていません。『日本語教育をやってきた私たちが避難民を受け入れます』という、ざっくりした方針が示されているのみ。
これを見たウクライナの学生の一人が、『このオファーは、具体的に何を意味するのか?』という内容の質問を、メールで柏崎学院長に送りました」

こう語るのは、この問題で学校側と学生の間に入り、学生20名に聞き取り調査を行った「NGO ウクライナ フレンドシップ サポーターズ」理事の加藤秀一氏。
加藤氏が入手したメールを見ると、ウクライナ人学生の問いに対して、柏崎学院長は英語でこう回答している。
当初は前橋市や日本財団でも情報が錯綜
「教育費に関しても、政府から支援があります。来日した最初の数か月は、日本で暮らしていくのに十分な額の生活費が、政府から支援されます。また、自立できるよう、学校がアルバイトの仕事を見つける手助けをすることも可能です。
我々の希望としては、支援に寄りかかるばかりでなく、少しずつ日本で自立していってほしいと考えてます」

加藤氏は支援をめぐっての当時の混乱をこう解説する。
「メールを読む限り、数か月は政府からの支援が受けられるが、その後はお金がかかることが書かれています。
実際に文科省の方で、ウクライナからの避難民に関して、最初の数か月は政府が資金援助するという話が当初あり、その文科省の方針を受けて、各自治体が支援内容を決めていました。前橋市も日本語習得支援として、授業料半年分と教材費等、上限30万円を支給することを公表していたわけです。

日本財団はウクライナ難民1名につき生活費を年100万円を支給するなどしていますが、この頃って、日本財団がどこまで支援するのかも含めて、情報が錯綜していた時期なんです。しかしながら、前橋市の支援内容を素直に読み取れば、『30万円以上日本語教育にお金がかかるなら、30万円払いますよ』ということになりますよね。
それで、『半年分の学費は無料になる』という考え方を、学校側は持っていたわけです。しかし、避難民の受け入れ時に『半年は学費無料』と明確に約束することはありませんでした。それで、避難民を積極的に受け入れはじめたら、前橋市が学費援助を30万円から10万円に減らしたわけです」
すでに避難民の受け入れを始めていた学校は焦り、「半年間は学費無料」という契約は存在せず、避難民は十分な支援を受けているとして、学生たちに、授業料の支払いを求めたわけだ。しかしなぜ、前橋市は突然、学費援助を30万円から10万円に減額したのだろうか。
ニッポンアカデミーの支援は“ビジネス”だった?
「当初、前橋市は(授業料・教材などに関する補助金を)30万円で考えていましたが、令和4年6月21日、日本語学校が身元保証人になっている場合に限り、1人10万円という補助要項を定めました。日本語学校が身元保証人になっていない場合は、従来通り、上限30万円のままです」
本サイトの取材にこう答えるのは、前橋市役所文化国際課の田中力氏だ。
田中氏によると、当初、前橋市は個人の身元保証人を想定しており、その際に避難民が日本語学校に通いたいと希望した場合、教育費として30万円支給することを定めていた。学校法人が避難民の身元保証人となり避難民を募集する事態は、全くの想定外だったという。
しかし、昨年4月ごろから、ニッポンアカデミーが身元保証人となり、ウクライナから避難民を積極的に呼び寄せている事態を知ることになる。

昨年5月には、当時理事長の清水氏が市役所を訪問し、市長相手に、3か月ごとに市営住宅に暮らす避難民を入れ替え(前橋市は支援内容のひとつに無償で18部屋提供するとしていた)、総勢300名をニッポンアカデミーが受け入れるプランを申し出ている。
しかし、30万円×300人、合計9000万円の補助金を目論んだ壮大なプランは、呆気なく却下される。
「市営住宅は市が管理する住宅ですから、3か月経ったからと言って、行き先が決まってない避難民を退去させるわけにはいきません。戦争から逃れてきた人たちに対して、そのように機械的に対応できるわけありませんので、そのプランに協力することができないということは、その場ではっきり伝えてます。
『補助金目当て』かどうか、こちらでは断言できませんが、積極的にどんどん(避難民を)受け入れているように感じましたので、それはちょっと違うだろうと。本来我々が想定していた『人道支援』というより、『ビジネス』に感じた部分は否めません」(田中氏)
なぜか実績報告書を送らないニッポンアカデミー
そんなニッポンアカデミーの動きを危険視して、昨年6月21日制定の補助要項で、学校法人が身元保証人となっている場合に限り、補助金を10万円に減額する措置を講じたことは上記の通りだが、その1か月前に、前橋市は学校側に10万円への減額を伝え、了承を得ていたという。
現に、ニッポンアカデミーは、昨年6月と10月の2回に分けて、1人当たり10万円で前橋市に申請していた。しかしながら、依然として前橋市から学校に補助金は支払われずにいる。

「ニッポンアカデミーが1人当たり10万円で申請してきたので、ニッポンアカデミーから送られてきた実績報告書を判断した上で交付確定を決め、実際に交付という流れになるわけです。
実績報告書とは、学校が身元引受人となり受け入れたウクライナ避難民が『いつからいつまでどんな授業に出て、その間のトータルの授業料がいくらで、学生はいくら学費を納め、残りは学校負担という形で無償で授業を行なった』というようなことが具体的に分かるような報告書です。
ですが、この実績報告書がニッポンアカデミーから送られてこない。そのため、交付確定や支払いという手続きに移れない状況です」(田中氏)
なぜ、ニッポンアカデミーは申請しておきながら、実績報告書を送らないのか。
「あくまで憶測に過ぎませんが、当初の1人当たり30万円の補助金を受けたいのではないでしょうか」(田中氏)
田中氏が言うように、前編で紹介した11月の説明会で、清水氏は支援金の金額がまだ確定していないのだと、学生たちに伝えていた。その時点で、すでに二度も10万円で前橋市に申請していながら、である。
この件についてニッポンアカデミーに質問状を送ったが、期日までに回答が得られなかったので、その辺りの思惑はよくわからない。しかし、このような事情から、避難民自身に学費を支払ってもらう方向に舵を切ったと見ることができる。
「ユーアーシャラップ!」
前編冒頭でも紹介したとおり、昨年11月15日、ウクライナ避難民の学生たちへの説明会で、清水氏は「日本財団で100万円支援できるということは、アンビリーバブルな世界です。(中略)それで、なんであなたたちはリッチじゃないんですか?」と言い放っている。
このように、ウクライナ避難民がアジアの学生に比べて「リッチ」だと、清水氏は繰り返し主張する。
たしかに日本財団は、ウクライナ避難民に対して1人当たり年間100万円の生活支援金を支給している。男子学生が、「1か月に8万だけです」と清水氏に食い下がると、
「『だけ』って言うけど、そんなにあなたはリッチなんですか?(中略)わかりました。日本の支援が無さすぎるってことですね?(中略)もっとお金を下さいってことですね? そういう風に言ってたら笑われますよ。それでいいんですか?」(清水澄・当時理事長)

男子学生は、日本での生活費として1か月8万円は決して高額ではないとした上で、さらなる支援を求めているわけでもなく、自分でアルバイトをしていることを告げる。すると、清水氏は語気を強めてこう主張した。
「そのね、ワーキングイズユアデューティー。ユアデューティー。ワーキングイズユアデューティー!
(直訳:労働はあなたの義務です。あなたの義務。労働は義務なの!)」(清水澄・当時理事長)
これに対し男子学生は、労働は義務ではなく、雇用主と労働者間の合意によって成立していると反論するも、清水氏は「ここはあなたと議論する場所ではない」として男子学生に退室を促した。
それでも、「最後まで聞きたい」と食い下がる男子学生に、「ソーリーソーリー、ユーアーシャラップ!」との言葉を浴びせ、男子学生を黙らせるのであった。
支援制度とウクライナ人を利用して
詐欺をはたらくグループも
今や、清水氏は理事長を解任され、ルニンさんをはじめとする一部の学生も学校を去った。このような悲しい結末を生んだ原因は何なのだろうか。前編にも登場した支援団体の関係者が語る。
「問題の根本は、日本政府が避難民受け入れに関する統一した規定を示していないこと。とりあえず、避難民の受け入れだけ決めて、あとは市町村に丸投げ状態だから、市町村ごとに支援内容が違っているんです。無責任というほかない。
もちろん、清水氏の発言や偏った考えは、人道的に問題な部分もある。でも、授業料に関する補助金がコロコロ変わったら、学校側も困りますよ。お金目当てだろうが何だろうが、3か月なら3か月、半年なら半年。明確な期限と金額が、国として一本化できていれば、こんなことは起きてないはず。
前橋市も、ニッポンアカデミーも、それからウクライナから来た学生たちも、みんな政府の無策に振り回されているのです」
このことによって、すでに各所でトラブルが引き起こされているという。
「例えば、避難民が身元保証人を変え、別の自治体に移ったら、また新たにお金が入る仕組みになっている。この仕組みを改めないと、お金を狙った輩が出てきても仕方ない。実際にそういう避難民は何人もいて、彼らを指導していると思われるグループもいるんです。

日本人にとっての20万円は、ウクライナではその10倍、つまり200万円もの価値がある。非戦闘地域から支援金をもらうために来日して、観光して帰る“避難民”だって実際にいるし、支援物資を転売している“避難民”もいる。
本当に困っている人のための支援になってないことが問題の核心でしょう 」(支援団体関係者)
ウクライナ難民学生は、絶望の中にもわずかな希望を求めて日本に来たはずなのに……。
この問題を機に難民への支援制度の整備が進むことを願う。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
資料提供/「NGO ウクライナ フレンドシップ サポーターズ」理事、加藤秀一氏
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