クマによる被害の報道が増えていくなかで、クマを駆除した自治体へ「クマを殺すならおまえも死ね」といったクレームも増えている。だが、クマ出没地域に住む人間からすれば、現実を知ってほしいというのが本音だという。北海道にしか出没しない「ヒグマ」にまつわる体験談をもとに、クマとの共存について考える。

「最近は夜が怖くてうかつに出歩けない」


北海道に生息するヒグマは、「エゾヒグマ」と呼ばれ、体長1.8〜2.3mにも及び、本州に生息する「ツキノワグマ」に比べ、サイズがひと回りも大きい。道内のほぼ全域に生息し、ふだんは木の実や果実を食べるものの、人間や家畜を襲ったという事件も枚挙にいとまがない。

今年7月、4年間で66頭もの酪農家の牛を襲い続けた体長2.1mの巨大ヒグマ「OSO18」が駆除されたのは記憶に新しい。また11月には、道南の福島町でヒグマに襲われたとみられる大学生の遺体が発見されるという痛ましい事故も発生している。

道内では農畜産業などへの悪影響や人身被害などヒグマによる被害は多方面で確認されており、決して楽観視できる状況ではない。クマの駆除にクレームを入れる人々に対し、クマの被害の実態や恐怖といった現実を理解してもらえていないことに、やるせない気持ちを抱く道民も少なくないだろう。


写真/Shutterstock

北海道では、被害を防ぐべく、ヒグマへの対策が徹底して練られてきた。

たとえば道内でクマが出没した際、テレビやSNSなどで、どの地域のどの場所に出たか、どのような行動をしていたかまで迅速に報道される。

道庁所在地で人口200万人都市の札幌市でもヒグマの目撃は相次ぎ、市街地に現れることもある。札幌市在住の医療従事者・Aさん(20代女性)は、ヒグマの恐怖と隣り合わせの生活をこう語る。

「クマが出没したという話はよく聞きます。自宅は山のふもとの住宅街にあるのですが、人通りの多い商店街まで徒歩10分ぐらいなので、そこまで田舎な場所ではありません。私はまだ直接遭遇したことはありませんが、最近は夜が怖くてうかつに出歩けないですね」

「特に最近はよく出没する」と口にする札幌市民は多い。札幌市在住で通信会社に勤めるBさん(20代男性)によれば、クマのせいで事故を引き起こすこともあるそうだ。

「車でヒグマとぶつかって、泣く泣く廃車せざるを得なくなった知り合いもいました。キタキツネやエゾタヌキの事故は、小さな傷がついたりヘコんだりするぐらいですが、クマとなると車体へのダメージはすさまじく、車のほうがひとたまりもありません。ちなみにエゾシカとぶつかって同様の被害が出ることもありますね」

札幌市では公式LINEで「ヒグマ出没情報」を配信しており、受信を希望する地域を選択することで、即座にクマ情報を受け取ることができる。

そして、学校教育でもクマ対策を呼び掛けている。たとえば小学校の学区内でヒグマが出没した際には、集団下校を行う、保護者による引き取りなどの対応をとり、児童、生徒の安全を確保する。

授業でもヒグマの生態や遭遇時の対応、クマ被害の歴史などについて教えられるため、幼いころから道民の間では、“クマは恐しい存在である”という認識が教え込まれているのだ。


クマから「見るのはいいけどこっちに手は出すなよ」という圧が……


道東に位置し、世界自然遺産に登録された知床半島は、高い密度でヒグマが生息している地域だ。ヒグマを観察できる観光船でのツアーが人気で、ヒグマ見たさにたくさんの観光客が足を運ぶ。

環境保全のため、一部エリアは立入禁止になっているが、一般車両でも通行できるところも存在する。したがって、至近距離でヒグマと遭遇する可能性もあるのだ。

北海道札幌市在住でドライブが趣味というCさん(20代男性)は、今年7月に知床でヒグマと遭遇したという。


動画を見る

「森に囲まれた道路を車で進んでいると、突然前を走っていた車両数台が止まってしまって。で、対向車線側の路肩を見てみると、ヒグマがいたんです。体長は1.8〜2.0mで、ずんぐりと身体も肥えていてデカい。クマまでたった20mぐらいと至近距離だったので、さすがにびっくりしました。クマは動くものを追う習性があるので、動くに動けなかったです。

20mぐらいの距離にいる体長1.8〜2mのヒグマ。なおCさんは、車の窓を閉めドアロックをした上でヒグマを撮影している


ちらっとCさん側を向く

クマのほうはこちらに怯えた様子はなく、しばらく見つめてきた後、茂みの中に帰っていきましたね。おそらくですが、知床は観光客も多くてクマも人慣れしているでしょうから、パニックにならなかったんだと思います。何もされなくてひと安心でしたが、ヒグマのほうから『見るのはいいけどこっちに手は出すなよ』という圧は感じましたね」

特に緊張している様子はなく、リラックスしていた

最後は茂みに入り、消えていった

Cさん提供の動画では、特に人間を気にしておらず、リラックスしているような様子がうかがえる。知床半島付近では観光客も多いので、クマにとってそれだけ人間が身近な存在になっているのだろう。

しかし一方、道南の日高町に住んでいた公務員のDさん(50代男性)が遭遇したヒグマは、また様子が異なっていたそうだ。

「仕事で登山した際、登山道の途中で子どものヒグマに遭遇したのですが、こちらを見るなり、慌てて逃げていきました。日高町もクマの目撃は多く、私自身も3、4回ほど見かけましたが、そのほとんどが人慣れしていません。

町東部には北海道を二分する日高山脈がそびえたっており、クマもほとんどそこに生息しています。もともとヒグマは臆病な動物なので、人と遭遇する機会が少ない個体であれば、ビビッて森の中に戻ってしまうんですよ。

余談ですが、子グマの近くには、必ず母グマがいると言われています。なので、自分とクマの距離が少しでもズレていれば、どうなっていたかはわかりません……」


ヒグマは臆病な生き物、自治体は共存を目指すが…


ヒグマは臆病な生き物なので、へたに刺激しなければ人間を積極的に攻撃してくることはほぼないという。とはいえ、前述したとおり、ヒグマが人を襲った事例もあるため、安全を守るために仕方なく駆除しているのだ。

「クマ駆除はやむなし」というコンセンサスは、道民全体で当たり前になっているという。クマへの強い意識と知識を持っている道民からすれば、「クマがかわいそう」と訴える道民以外の人々の意見は、悲しく複雑な心境になるそうだ。

結果として駆除せざるをえないケースはあるが、自治体も好きこのんでヒグマを駆除しているワケではない。北海道では、出没したクマの特徴や場所をもとに有害性を段階的に判断し、捕獲するか駆除するかを決定しているのだ。たとえ市街地に現れたクマでも駆除しないことがあるのは、知っておいてもらいたい事実である。


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そして札幌市では、「人は街で、ヒグマは森で。〜すみ分けによる安全・安心な暮らしを目指して〜」というビジョンを掲げている。ヒグマの生息域と人の生活圏を分けようと対策を練り、共存を目指そうとしているのだ。

クマの被害規模が大きいこと、そして、むやみやたらに殺しているワケではないこと。せめてこの事実を知ってもらうだけで、“駆除は悪である”という見方は変わってくるのではないだろうか。クマに関する正しい知識を身につけることで、クマ出没地域へのヘイトがつのらないことを願うばかりだ。

取材・文/文月/A4studio