ウクライナ問題や世界的なインフレ、米国の利上げと株価の暴落など、あたかも現在の経済状況を予測したような内容が評判を呼んでいる書籍『エブリシング・バブルの崩壊』(2022年3月発売)。今後、バブル経済の崩壊が続くとしたら、現在はどの段階にあるといえるのか。最新の情報を著者であるエコノミストのエミン・ユルマズ氏に伺った。

現在は崩壊の初動段階


――『エブリシング・バブルの崩壊』が出版されて3か月以上経ちますが、6月までの米国株の株価下落は、予測されていたとおり米国の利上げに沿うものでした。今後はどんな展開になるでしょうか? もし徐々にバブル経済の崩壊が続くとしたら、現在はどの段階でしょうか?

正直なところ、現在の状況は、まだ崩壊の初動段階にすぎません。結論から申し上げれば、米国としてはインフレを抑制するためには、景気を〝クラッシュ〟させるしかないのです。

なぜなら、金融政策や財政政策では、サプライ(需要)そのものをコントロールすることはできないからです。たとえば原油供給量。中国のゼロコロナ政策、ウクライナ戦争の最中、バイデン政権がいくら頑張っても原油供給量は増やせません。

こうした状況下、インフレ対策として米国にできることは、需要を“殺す(引き締める)”しかないわけです。結局、需要と供給のバランスが悪化しているからインフレが起きているのです。たくさんのマネーが少ないモノを追いかけるから当然でしょう。

よって、インフレを抑えるには供給を増やすか、金利を上げて需要を減らすしかない。しかし供給を増やすことは難しいのです。徐々に回復しているとはいえ、コロナ禍によって世界的に分断された供給網の回復は、簡単にはできません。ウクライナ戦争によって、原油や小麦などのコモディティ(原油や小麦などの商品)価格も上昇しました。

私は、米国が取ることのできる方法は、需要を減らすしかないと考えています。英語で言うならば「Demand Destruction(需要の崩壊)」です。

ご存じのとおり、米国のインフレの勢いはすさまじく、2022年6月のCPI(消費者物価指数)は前年同月比の伸び率9.1%でした。この上昇率は第2次石油ショック後の1981年12月以来、40年6ヵ月ぶりの高水準となりました。

米国の場合、CPIが9.1%で天井を打った可能性があるのですが、ピークアウトしてもそれがすぐに2%台、3%台に下がるということではありません。

厄介なのは、たとえば5%、6%ものインフレが長期にわたって続くということです。これほどの物価上昇が続けば、多くの人の生活に多大な影響がでます。従ってFRB(連邦準備制度理事会)は完全にインフレ抑制にフォーカスを定めています。


FRBは景気を“壊し”にきている


――過去にも米国が高インフレに襲われた時期がありましたが、当時のFRBはどういう政策を打って切り抜けを図ったのですか?

2022年5月末にバイデン大統領とパウエルFRB議長の会談が持たれましたが、バイデン大統領は「インフレをなんとかしてほしい」と、ことのほか強い調子でパウエル議長に要請したと言われています。

これについて、いまから40年以上も前の1981年に行われた、レーガン大統領とアラン・ボルカーFRB議長の会談にたとえる米経済メディアが多かったのですが、その当時の米国のインフレは二桁、それも15%台にまで上昇していました。

ボルカーFRB議長は、民間銀行がFRBに預ける準備金の額を(間接的にではなく)直接引き上げることによって、FRBが通貨量を直接コントロールする政策に変更しました。つまり、金利にさわらずに金利を上げるという剛腕をふるったのですね。

すると10%半ばだった金利は81年後半には20%を超えました。空前の高金利にたまらず、米国の景気はハードクラッシュ、ハードランディングしたのです。株価は暴落しましたが、同時にインフレも収まり、CPI上昇率は3%台にまで落ちました。

ボルカー氏が歴代のFRB議長のなかでも特に英雄視されている理由は、稀代のインフレ・ファイターであったからですが、現在のパウエル議長がボルカー氏のように大胆な政策を敷くことはできないでしょう。

なぜなら、いまはゼロ金利から金利が1%台に上がっただけで、米国株がこんなに下がっているからです。仮にボルカー時代のごとく金利20%にすれば、その翌日に米国経済は完全に吹っ飛びます。


エミン・ユルマズ氏 撮影/堀田力丸


それではパウエル議長率いる現在のFRBは、今後、政策金利をどの程度まで上げるつもりなのでしょうか。私は3%が目途だと読んでいます。

9月あたりにFRBが引き締めをやめるのではないかとする、市場のいわば根拠に乏しい期待から6月の初めには株価が少しあがりつつあったのですが、6月のFOMC(米連邦公開市場委員会)で0.75%の利上げが決定されると、サプライズだったこともあり、米国株価は暴落しました。

加えて、今後も利上げが続く見通しも発表されました。インフレが収まる兆候はありません。先ほど述べたように、供給問題はそう簡単に解決しないのですから……。

2022年後半での引き締め中止を期待する人たちは、米国の景気が悪化するから、経済が減速するからFRBはそうするのだと勝手に思っていたのでしょうが、その期待は裏切られました。いまはとにかく需要を殺さないといけない、景気を冷やさないといけない。それをしなければインフレは収まらないのですから。

インフレとは厄介なもので、いったんインフレスパイラルに入ってしまうと、最悪の場合にはトルコのようなハイパーインフレに向かってしまう。それを知悉するFRBがインフレの抑制にフォーカスしたことは無理もないことなのです。

ただし、インフレ抑制をして景気をソフトランディングさせた成功例は過去にあまり見当たりません。引き締めのサイクルに突入して景気がハードランニングしなかったケースは、過去10回のうち2回しかありませんでした。(1965年と1994年)

ちなみに、戦後に米国史上で失業率が二桁を記録したのは先に紹介したボルカーが登場して辣腕をふるった1982年のリセッション時とコロナ禍の2020年の2回のみ。

このところのFRBの動きを見ると、今回はとにかくインフレ抑制に邁進し、景気がハードランディングして失業率がある程度上昇しても致し方ないと覚悟を決めているように、私には見えます。

繰り返しになりますが、FRBは景気を壊しにきているわけです。これをしなければ、インフレが収まらないとFRBは確信しているのだと、私は捉えています。


インフレ下、なぜ日本は政権支持率が高いのか?


――インフレ抑制に躍起になるFRBにならって世界の中央銀行が軒並み引き締めに向かうなか、日銀だけが緩和持続を表明し、蚊帳の外にいるのは解せないのですが……。

FRBは景気を犠牲にしてでも、とにかくインフレを止めたい。政策金利が1%になっただけで、米国株がこれだけ下がってしまっています。これが3%になったときにはどうなるのか。

しかもまだFRBのバランスシートの縮小であるQT(毎月保有の米国債300億ドルを市場に売却)は6月から始まったばかりで、9月からはこれを毎月600億ドルまで引き上げます。さらにMB(住宅ローン担保証券)の毎月350億ドルの売却も待っています。

日本だけがかたくなに緩和を維持するということは、残念ながら日本の資金が米国株を買い支えているようなものです。これは個人投資家が……という意味ではなく、今回のキャリートレード(金利の安い国でお金を調達し、金利の高い国で運用する)の流動性の供給元が、実質的に日銀になってしまっているということです。

これでもし日銀が金融引き締めに転じたら、米国株の崩壊を加速させるのは確実でしょう。いま投資家たちは、ただ同然の金利で日本円を借りて、米国株に投資している。この円キャリートレードによって、米国株の下落は和らいでいるはずです。

――日本銀行の黒田東彦総裁は6月6日、東京都内で講演したとき、商品やサービスの値上げが相次いでいることに対し、「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」との見解を示しました。これを聞いた日本の消費者たちは「ふざけるな!」と一斉に反発したのですが、この件に関してはどう捉えていますか?

黒田総裁の誤解を招くような話し方も悪いかもしれませんが、正直、私は日本人全体も悪いと思いました。欧米人と同じように、日本人はもっと政治的なプレッシャーをかけるべきなのです。

物価高が止まらないインフレ状況にもかかわらず、政権の支持率が高いなどということは、欧米ではあり得ません。そういう意味で日本は異常だと言わざるを得ない。普通の国ならば、物価高でガクッと支持率を落とした政権トップは、中央銀行総裁にすさまじい圧力をかけるものです。

ただ、このところの円安は日本株には追い風にはなっています。でも一方では、国際的には日本の資産が安くなっているわけで、外国人が日本の資産を買い漁る原因にもなっています。

聞き手/加藤 鉱(作家・ジャーナリスト) 写真/shutterstock


エブリシング・バブルの崩壊

エミン・ユルマズ

2022年3月25日発売

1,760円(税込)

四六判/256ページ

ISBN: 978-4-08-786135-8

コロナ禍で空前の金融緩和が行われて3年。インフレ懸念、利上げの必要性を叫ばれてきたが、いよいよ2022年は、FRB(米国の連邦準備理事会)の方針大転換で、3月から利上げが始まり、世界経済のフェーズが変わる。
米国のインフレ率は、2022年1月で前年比8.6%に達し、食料や生活用品が値上げされているばかりか、賃金も上昇している。
しかし日本では、思うように賃金が上がらず、物価の上昇だけが先行する不況下のインフレ、すなわちスタグフレーションが懸念されている。
また米国が撤兵したアフガニスタンの混乱や、ウクライナへのロシア侵攻の懸念など、地政学リスクが増大することによって、原油や天然ガス、小麦などのコモディティ価格が上昇し、ますます世界のインフレに拍車をかける状況となった。
一方、世界経済の牽引車だった中国は、恒大集団の実質的な破綻など不動産バブルの崩壊がささやかれ、景気の後退が懸念されている。
こうした様々な世界経済のほころびが明らかになった2022年、上昇しすぎた世界の株式市場や不動産市場はどうなるのか?
今後の世界経済はどのように展開していくのか?
すべてがバブルと思われるほど価格が上昇したいま(2022年春)、リーマンショック以上の世界経済の崩壊(!)が近づいていることを、著者は深く懸念している。
さらにサイバーセキュリティへの懸念や暗号通貨の広がりなど、グローバル化、デジタル化した世界経済ならではの、新しい問題についても警鐘を鳴らしている。
著者は、こんなときだからこそ、日本に世界の資金が集まるチャンスとも言う。
投資をする人も、そうでない人も、世界経済の大転換期に入った今、是非読んでおきたい一冊である。

『目が離せない米国の利上げとリセッションの行方、日本株で有望な投資先は?』 (近日公開予定)
『ウクライナ情勢に資源高、世界的なリセッションを睨んだ「資産防衛法」』 (近日公開予定)