毎日毎日失敗の連続。今日もまた怒られ、この仕事に向いてないのかな…と思っているそこのアナタ。心配するな! 心のツマミを思いっきり悲観の方向に回すだけで、仕事に対して気楽に向き合える。フツーの人にとってベストな仕事への構え哲学『絶対悲観主義』(講談社+α新書)から一部抜粋・再構成してお届けする。

絶対悲観主義の概念


仕事は趣味とは異なります。趣味でないものが仕事、仕事でないものが趣味、というのが僕の整理です。趣味は徹頭徹尾自分のためにやることです。自分が楽しければそれでいい。一方の仕事は誰かのためにすることです。自分以外の他者に何らかの価値を提供できなければ仕事とは言えません。

したがって、あらゆる仕事には「お客」が存在します。お客はコントロールできません。イーロン・マスクさんでも、お客にテスラのクルマを無理やり買わせることはできません。ここで言う「お客」は実際に対価を支払ってくれる取引先やクライアントやユーザーや消費者だけではありません。同じ会社の上司や部下であっても、自分の仕事を必要としてくれる人はお客です。

仕事は定義からしてこちらの思い通りにならないものです。事後的な成果や成功はコントロールできない。それでも事前の構えは自分で自由に選択できます。仕事が何らかの哲学を必要とするゆえんです。

仕事である以上、絶対に自分の思い通りにはならないと僕は割り切っています。「世の中は甘くない」「物事は自分に都合のいいようにはならない」、もっと言えば「うまくいくことなんてひとつもない」──これが絶対悲観主義です。

ただの悲観主義ではなく「絶対」がつくところがポイントです。仕事の種類や性質、状況にかかわらず、あらゆることについてうまくいかないという前提を持っておく。何事においても「うまくいかないだろうな」と構えておいて、「ま、ちょっとやってみるか……」。これが絶対悲観主義者の思考と行動です。

ご安心ください。何も「自分に厳しい」わけではありません。僕は他人にはわりと甘いほうですが、自分にはもっと甘いタイプです。成功しなければならないという呪縛から自分を解放する。厳しい成果基準を自らに課さない。自分に対して甘い人ほど、絶対悲観主義は有効にして有用です。


脱力力


大失敗の経験をきっかけに、最近流行りのレジリエンス関連の本をいくつか読んでみたのですが、たいしてグッとくるものはありませんでした。もっと骨太なものを読みたいと思っていたところ、新渡戸稲造『逆境を越えてゆく者へ』(実業之日本社)に出会いました。

「自分はこんなに努力しているのに、社会はなぜ自分を虐待するのか、なぜ自分を受け入れないのか、という言葉はよく耳にする。だが社会は決して虐待しない。自分が虐待されるに値する人間なのである」──新渡戸稲造の言葉は厳しく聞こえます。しかし、全体を通して読み取れるのは「すべては気のせい」という寛やかなメッセージです。

逆境と思うから逆境であり、意識の持ち方でいくらでもそれは善用できる。自分が順境にあるというのもまた気のせい。つい油断すると、すぐに状況は逆境に転じる。ようするに、順境も逆境も実在しない。逆境だと思ったときには、爪先立ちして前を見ろ。肩の力を抜き一歩退いてこの先どうなるのかを考えれば、光も希望もある。人生は長い──新渡戸稲造の結論は「まあ、一〇年待て」。さすがにスケールが大きい。一〇日ほどで立ち直った僕の「大失敗」など失敗のうちに入りません。

回復力は自然に備わっている人間の本性です。もともと持っているものを引き出すだけ。筋力のようにトレーニングで強化する類のものではありません。「回復力をつけよう」とか「強い人間になろう」と思うとますます回復できない。回復力を引き出すカギは、脱力です。脱力力こそ回復力の正体です。


脱力力の肝は、視点転換。


チャップリンの名言に「人生はクローズアップでは悲劇だが、ロングショットでは喜劇だ」というのがあります。ちょっと引いて自分と自分の状況を俯瞰してみる。この視点転換が脱力力の肝だと思います。僕が意識的によくやるのは、時空間を飛ばすという方法です。

ドラマ『全裸監督』で再び注目を集めた村西とおる氏は「死んでしまいたいときには下を見ろ、俺がいる」と言っています。ナイスです。村西監督の名著『ナイスですね』(JICC出版局)は失敗したときに読むのに最適です。もちろん村西監督よりも、もっと苦境に生きている人がいます。「これはツライなあ」というとき、「でも、今まさに空爆を受けている人がいる」とか、「飢餓に苦しんでいる人がいる」と考えると、自分の状況がひどくラクなものに思えます。あるいは時間を飛ばして、「これが戦国時代だったらどうなっただろう」と考える。切腹するまでには至っていないわけで、大体のことは平気になる。新渡戸の言う「気分の問題」にだんだん近づいてきます。

もう一つ大事だと思っているのは、自分の本能に逆らわないということです。大学院生のときに、とにかく研究や勉強が一切イヤになったことがあります。もともと研究に対する志も低いうえに、ひたすら勉強しているだけで「仕事」になっていないので、やる気がなくなると歯止めがかからない。

そのとき僕は、なぜかスキでもないパチンコに行っていました。パチンコをしている間は何も考えないで済みます。これはイイということで、朝一〇時の開店と同時にパチンコ店に入り、閉店の二二時まで一二時間パチンコ台に向かいました。帰りはもはや廃人です。それでもまた翌日、バイクに乗ってパチンコ店に行き、開店と同時に台に向かう。これを毎日繰り返したら、三週間で飽きました。すぐに「よし、勉強するぞ」とはなりませんでしたが、気がつくと元に戻っていました。

人間壁にぶつかったときには、とにかく徹底的に堕ちてみるのも一つの手です。行くところまで行く。「廃人上等!」というところまで一度行ってみると、自然とまた戻ってくる。息をすっかり吐かないと、大きく吸えないということなのかもしれません。

ビジネスや経営において、自信は大切です。ただし、つけ上がるとか油断につながることも多い。自信は裏切ることがしばしばです。しかし、失敗は裏切りません。ここにも失敗に対してノーガードの構えを取る絶対悲観主義の効用があります。


絶対悲観主義

楠木建

2022/6/22

¥990

240ページ

ISBN: 978-4065289327

みなさん、がんばりすぎていませんか?
そんなに心配することはありません。なぜなら、こと仕事で自分の思い通りになることは、ほとんどないから。
この身も蓋もない「真実」を直視して、成功の呪縛からもっと自由になろう。
そうすれば目の前の仕事に対し、もっと気楽に、淡々とやり続けることができる。
厳しいようで緩い、緩いようで厳しい、でも根本において割と緩いーー、
絶対悲観主義者の著者が実践してきた「GRIT無用、レジリエンス不要」の仕事の哲学。


(目次)
1 絶対悲観主義
2 幸福の条件
3 健康と平和
4 お金と時間
5 自己認識
6 チーム力
7 友達
8 オーラの正体
9 「なり」と「ふり」
10 リモートワーク
11 失敗
12 痺れる名言
13 発表
14 初老の老後