山下達郎11年ぶりのオリジナル・ニュー・アルバム『SOFTLY』をもう聴かれただろうか。発売前からの、音楽誌はもちろん情報誌やカルチャー誌、そしてTVやラジオなど、怒涛のごときメディア露出もあり、6月28日発表のオリコン週間アルバム・ランキングでは、早速首位を獲得。アーティストとしてのブレないその姿勢を音楽ライター金澤寿和氏が解説する。

矢沢永吉に次ぐ最年長記録でのアルバム・チャート首位


69歳5ヵ月でアルバム・チャート首位という山下達郎氏の記録は、矢沢永吉の最年長記録70歳0ヵ月に次ぐもの。しかも、20代・30代・40代・50代・60代と一人のアーティストが各世代で首位を獲得するのは史上3人目(過去2人は松任谷由実と竹内まりや)、男性アーティストでは初めてだそうだ。


山下達郎最新アルバム『SOFTLY』アナログ盤


衝撃的な肖像画ジャケットを中心に、ネット上ではこの新作に対して賛否が飛び交った。でもそれが相当に高いレべルでの議論になっているのは、衆目の一致するところだろう。

1970年代終盤から45年近く達郎氏の音楽を愛でてきた筆者も、この新作を高く評価している。ただこれだけ長いキャリアがあると、時代の変化や機材の進化に応じて、そのサウンドや方法論にも変化が生じてくるのは必定。自ずと“昔の方が良かった”“いや今の方がイイ”と意見が分れるワケだ。

特に90年代以降は、バンド・サウンドよりコンピュータを使っての打ち込みサウンドが主流となり、アルバムの中に様々なタイプの楽曲が同居して、統一性は薄らいだ。しかも先行リリースされた数々のタイアップ曲を収めるから、半ばシングル集のような趣きがある。

オリジナル・アルバムとしては11年もの空白のあった『SOFYLY』でも全15曲中、完全新曲はわずか4曲。他にも初音源化やヴァージョン違いがあるものの、「新鮮味がない」という声が出るのも致し方ないところか。


『SOFTLY』と、それに収録されている先行シングル群。4枚ともここ数年に出たモノで、今回の最新アルバムが「新鮮味がない」と言われる由縁にもなっている


ただし達郎氏自身は、既発シングルはアルバム収録時にすべてリミックスを施すという、職人らしいこだわりを発揮している。


「首位獲得は初週のみ」予想外の展開


あれだけ大量メディア露出を稼いでいた『SOFTLY』だったが、その後、アレレッ⁉という予想外の展開を見せる。チャートの頂点に立ったのは初登場1週のみ。2週目には早くもトップ3から脱落してしまったのだ。

そもそも首位獲得の達成もオリコン誌だけで、ライバル誌ビルボード・ジャパンのアルバム・チャートでは、Stray Kids『CIRCUS』に阻まれて2位に甘んじた。やはり時代は「アイドル、強し」なのだろうか。

理由を分析してみよう。まず一般論として、チャート初登場第1位の裏側だが、これは要予約分を含む初回出荷数を反映させた結果。固定ファンの多さなど、アーティストの従来評価がそのまま順位に現れる。

だから「クリスマス・イヴ」のように、毎年その時期にシングルが出てチャート・インするほどの国民的ヒットを持つ達郎氏ならば、当然の成り行きに見える。


シングル『クリスマス・イブ』(右)と、オリジナル収録アルバム『Melodies』(1983年)。『クリスマス・イブ』のシングルは毎年発売されていて、ギネスにも登録されているが、これは2013年に発売された30周年記念の12インチ・シングル盤


ここから数字を伸ばし、評価を上げていけるかどうかは、作品の内容や評価次第。アルバムの真価が問われるのは、実はココからなのだ。

それを考えると、『SOFTLY』には些か不安なところがある。多くの新曲を含んだ通常のニュー・アルバムなら、発売後にタイアップが決まったり、2枚目3枚目のシングルが切られたりするもの。

ところがこのアルバムは、前述したように既発曲を集成した面が大きいから、これから付加価値が生まれる余地は小さいと言わざるを得ない。


「表現に携わっていない人間が、もうけを取っている」


しかし、チャート首位から陥落した最大の要因は、達郎氏がデジタル配信やサブスクリプションへの音源提供を認めていない点だろう。少し前のインタビューでも、「表現に携わってない人間が自由に曲をばらまいて、そのもうけを取っている」と苦言を呈し、自分は「おそらく(配信は)死ぬまでやらない」とコメントしているほどなのだ。

“音楽制作とマーケティングは別モノ”という考えには、納得させられるが、チャート・アクションに影響が出てしまうことは否めない。

何故なら今のサブスクや無料動画配信は、セールス云々よりプロモーション・ツールとしての役割が大きいからだ。当人が好むと好まざるとに関わらず、それが現在の音楽シーンの潮流である。

少し前、今のポップ・ミュージックには「ギター・ソロは不要」「最初の15秒が勝負」という分析が取り沙汰された。かつて一世を風靡した大物ミュージシャンやプロデューサーも一部これに同調し、厳しい時代であることを印象づけたが、山下達郎は、そうした動きに迎合しない。

自分が納得できなければ、一人でも抗う。それは時流を無視しているのではなく、彼なりの関わり方があるから。


初期名盤『SPACY』と『GO AHEAD』。2枚ともポップアート・デザイナー、ペーター佐藤による


たとえばサブスクは解禁しなくても、グローバル・チャートには常に気を配り、時代の音像・空気感を自作曲に取り込んでいく。既発シングルをリミックスしてアルバムに収録したのが、その好例だろう。

「実績にあぐらをかいたら、すぐに取り残される」というそのセリフは、70年代の契約終了の危機から今の地位を築いた彼のサバイバル・メソッド。

その頑固さ、まったくブレない姿勢に半ば呆れつつも、そう言い切って実践しているのは、ベテラン多しと言えども氏の他にいない。だから感服させられるし、その動きに期待を寄せてしまうのだ。

昨今のシティポップ・ブームでは、妻である竹内まりやと共に祭り上げられている存在だが、本人は「40年前に言って欲しかった」と軽く受け流す。

これは、ずっと風化しない、普遍性のある音楽を作り続けてきた自負のはずだ。だから新作が呆気なくチャート首位を明け渡しても、きっと当人は何処吹く風だろう。

アルバムの中身を紹介しよう。夢を持つ若者を後押しする「人力飛行機」、ウクライナ侵攻の勃発で各国語のリリック・ヴィデオが作られたメッセージ・ソング「OPPRESSION BLUES(弾圧のブルース)」では、デビュー・バンドだったシュガー・ベイブ時代のドラマー、上原ユカリがリズムを固める。

前者ではツアー・メンバー、佐橋佳幸のスライド・ギターも活躍。70年代に返ったようなシンプルさが、原点回帰を想起させる。社会や若い世代にメッセージは送るが、自身の音楽は基本的に同世代へ向けて発信する、そのスタンスも崩さない。


自身の肖像画ジャケットという衝撃


新作のシンボルたる肖像画ジャケットも確信犯的だ。かつて達郎氏は、ポップ・アートを用いた『GO AHEAD!』で大きく自分のメンを晒し、物議を醸したことがあった。

でも今回は、それを超えるインパクトがある。CDでは小振りに感じるが、30cm四方のアナログ・レコードではサスガの風格。ザラついたジャケットの紙質も、キャンバスのような味わいがある。これは己の信念をアートで表現したものなのだ。

描いたのは、『テルマエ・ロマエ』で知られる漫画家ヤマザキマリ。彼女は元々画家を志望し、フィレンツェの美術大学で油絵を学んだ経歴の持ち主で、イタリア・ルネサンス期の肖像画を勉強していたそうである。


『SOFTLY』アナログ盤を見開いたところとインサート(歌詞カード)。クマのイラストが入っているのは、昔の達郎氏のニックネームだから


一方の達郎氏は、幼い頃からファインアートへの憧れがあり、いつかは自分の肖像画を描いてもらいたい、と考えていたらしい。

「遺影みたい」なんて雑言も耳にするけれど、次のオリジナル作までまた10年空いたら、氏はもう80歳。悲しいけれど、“やれるうちに後悔のないよう…”という秘めた想いがあっても不思議ではない。

ライヴ・アルバムのリリースや次なる新曲も期待される。でも外野が何を言おうと、山下達郎は自分が納得したことしかやらないだろう。

『SOFTLY』が将来、彼のキャリアの中でどのようなポジションに位置付けられていくか、少し距離を置いて眺めている一人のファンとして、静かに見守りたいと思っている。

文・写真/金澤寿和