M-1を徹底分析した初の著書『言い訳』が「令和の漫才バイブル」と各所で絶賛されるナイツの塙宣之さん
M-1を徹底分析した初の著書『言い訳』が「令和の漫才バイブル」と各所で絶賛されるナイツの塙宣之さん

昨年、初めてM−1の審査員に抜擢されたナイツの塙宣之(はなわ・のぶゆき)。彼のロジカルかつ的確な批評は一般視聴者だけでなく、多くの関係者をうならせたという。自らを「笑い脳(という病気)」と語る彼の"絶対漫才感"に迫る。

■関東の話し言葉はスピードが出しにくい

――7月に京セラドーム大阪でプロ野球の試合前に披露した、吉本興業の闇営業問題をいじった時事ネタ漫才が大きな話題になりましたね。

塙 まさかワイドショーで流れるなんて思ってなかったですし、あんなに反響があるとは驚きました。僕らはいつもどおり寄席でしゃべっているような感覚だったので。あの時期、寄席ではもうみんなめちゃくちゃ言ってましたから(笑)。テレビで放送されるとわかっていたら、もうちょっとソフトな表現をしてたかもしれません。

――寄席にカメラを入れたら面白そうですね。

塙 やめてください! テレビ慣れしてない人たちばかりなので萎縮しちゃいます。

――野球場で漫才をやることなんてあるんですね。

塙 東京ドームでやったこともありますよ。でも僕らは普段、350席ぐらいの会場にこだわっているのでやりにくい。ナイツのボケって、ほとんどが「本日はお足元が臭いなか......」みたいな「小ぼけ」。声も張らないし、マイクの前からも動かない。2000席とかのホールになったらお客さんに届かないんです。

――野球場は2000席どころじゃないじゃないですか。

塙 だから、少なくとも、3万人いたら2万8000人くらいは何を言ってるかわからなかったと思いますよ。僕らはせめてベンチの選手たちだけでも笑わせてやろうという感じでやっていたので。

――あの時期にあのテーマに触れるとはナイツの真骨頂ですね。

塙 お恥ずかしい......。5分ぐらいで作ったいつもの即席の時事ネタですから。

――お忙しそうですが、今年も独演会(10月12日から全国13ヵ所16公演で開催)は決行されるんですね。

塙 独演会をしないと、新ネタが生まれないんですよ。今年も7月、8月は毎日のように近所のジョナサンにこもってネタを書いてました。ちょっと頭がおかしくなりそうになりましたけど、楽しくもあるんです。

そこで新ネタを蓄えておくと、その一年間は仕事が持つ。そういうサイクルが出来上がってるので、独演会は外せない。一年間の栄養を蓄える期間でもあるので。

――その蓄えたものを一気に放出したのが、この夏、出版された『言い訳 関東芸人はなぜM−1で勝てないのか』というわけですね。

塙 僕が40年間、考えてきたことを全部、吐き出した感覚です。だから、今すぐもう一冊書けと言われたら、ものすごく薄っぺらなものになっちゃうと思います。

――芸人の方のなかには「芸は語るものではない」という意見もありますが、そこに抵抗はなかったですか。

塙「語るものではない」と言ってる時点で語ってますからね。僕は落合博満さんとか桑田真澄さんの野球解説が好きなので、そういう気分で話させてもらいました。漫才はやるのも、見るのも、語るのも大好きなので。

――あの本の中で痛感したのは、日本で一番メジャーな賞レースであるM−1が、漫才という「競技」のなかでいかに特殊かということでした。

塙 持ち時間が4分しかないですからね。僕らは普段、寄席で15分から20分くらいネタをやっているので、陸上でいえば、100m走と5000m走くらいの違いがある。そもそも種目が違うんです。

――あと、関東の言葉は気持ちを乗せにくい、だから「しゃべくり漫才」(日常会話風の漫才)が強いM−1には不向きという主張もストンと落ちてきました。

塙 M−1の歴史は高速化の歴史でもあるんです。4分の間にいかにボケ数を詰め込むか。関東の話し言葉は感情を表現しにくいだけでなく、スピードも出しにくいんです。だから僕らもボソッと話す「ヤホー漫才」に行き着いたんだと思います。

■M−1の空気に合うのは圧力のあるコンビ

――芸人の方からの反響も大きいようです。これぞ「漫才バイブル」だという感想も届いています。

塙 ただ、現役の芸人があの本の内容を参考にしたらそのコンビは終わりですよ。あれは、あくまで僕がたどり着いた漫才論ですから。しかも僕はM−1で優勝していません。

だからタイトルを「言い訳」にしたんです。あの本の中で芸人に向けたメッセージがあるとしたら、自分で「自分」を見つけるしかないよ、ということだけ。本を出しといて買うなとは言えないけど、読んだらその内容は全部、捨てたほうがいいと思う。長嶋茂雄さんの打撃理論と一緒です。考えて、考えて、打席に立ったら全部忘れる、という。

――今年もM−1予選が始まりました。今年はEXIT(いぐじぃっと)などにも注目が集まっているようですが。

塙 彼らは人柄もいいし、本気でM−1優勝を狙ってるでしょう。そこがすごい。あれだけ人気があっても、なお、そこを目指そうという心意気がいいと思うんです。

――塙さんが本の中で推していた四千頭身も年々、腕を上げてきている印象があります。

塙 ......どうかな。M−1は「静」と「動」でいったら、完全に「動」の大会。「高温」と「低温」でいったら、完全に「高温」の大会。なので、どうしても圧力のあるコンビが会場の空気に合うんです。その点、四千頭身の魅力は真ん中の後藤君のボソッと言うツッコミですからね。あれがお客さんに届くかな。

ただ、たくろうとか、宮下草薙(みやしたくさなぎ)とか、同じようなローテンションを武器にする組がそろって決勝に出てきたら、そのなかの誰かが......という空気になるかもしれない。僕個人としては、そういう漫才が勝つところを見てみたいですけどね。

――最後に今後、ナイツさんの向かう先、ゴールのようなものも聞きたいのですが。

塙 漫才を一生やっていく、とは言えないですね。漫才はふたりでやるので一方がくたばったらできない。その問題は常にはらんでいる。相方がいなくなってあたふたするのはいやなので、ふたりとも生きているうちに引退したいな。65歳でもいいし70歳でもいいし。

――引退後は、何をするんですか。

塙 なんだろう......ジョナサンでネタ書いてそうだな(笑)。

●塙 宣之(はなわ・のぶゆき)
1978年千葉県生まれ、佐賀県育ち。2001年に土屋伸之と漫才コンビ・ナイツを結成、ボケを担当する。その後は03年の漫才新人大賞受賞をはじめとして数々の賞を受賞。『M-1グランプリ』は08年〜10年に決勝進出

■『言い訳 関東芸人はなぜM−1で勝てないのか』
(塙 宣之 聞き手・中村 計 定価820円+税  集英社新書)
M−1に恋焦がれ、チャンピオンになれなかった著者が漫才を徹底解剖。歴代王者のストロングポイント、M−1必勝法とは? 「ツッコミ全盛時代」「関東芸人の強み」などのトピックから「ヤホー漫才」誕生秘話までを語る

取材・文/中村 計 撮影/村上庄吾