秋田英夫さんが2017年に撮影した吉川 進さんの写真。「仕事人間だった吉川さんは外での厳しさ、家での穏やかさが対照的。石ノ森先生と共に作り上げたキカイダー、ゴレンジャーへの思いも強かったようです」(秋田さん)
秋田英夫さんが2017年に撮影した吉川 進さんの写真。「仕事人間だった吉川さんは外での厳しさ、家での穏やかさが対照的。石ノ森先生と共に作り上げたキカイダー、ゴレンジャーへの思いも強かったようです」(秋田さん)

伝説の東映プロデューサー、吉川 進(よしかわ・すすむ)さんが亡くなった。特撮を日本の文化にした男が思い描いたヒーロー像、プロデュース哲学とはなんだったのか?

生前親交のあった切通理作(きりどおし・りさく)さんと秋田英夫さん、そして芸能界随一の特撮マニア、オジンオズボーン・篠宮 暁(あきら)さんが振り返る。

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■人間味のあるヒーロー像を追求

7月10日、元東映プロデューサーの吉川 進さんが亡くなった。享年84。『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975〜77年)などの「スーパー戦隊シリーズ」、『宇宙刑事ギャバン』(82〜83年)などの「メタルヒーローシリーズ」を立ち上げるなど、特撮ドラマ界に多大なる功績を残した人物だ。

「スーパー戦隊シリーズ」は今年で45周年。吉川さんは半世紀近く愛され続けるメガコンテンツの原型を作り上げた。

シリーズ立ち上げの背景について、特撮書籍や雑誌の取材を通じて吉川さんと親交を深めたフリーライターの秋田英夫さんがこう語る。

「大ヒット作『仮面ライダー』に引けを取らないヒーローを......と知恵を絞った結果、「単体ヒーロー」に対する「集団ヒーロー」の『ゴレンジャー』が考え出されたのです。

吉川さんは石ノ森章太郎先生や平山亨プロデューサーが練り上げた企画を土台にして、信頼のおけるスタッフと力を合わせて作品を作りました。番組と連動する商品戦略の発展や、ヒロインの自立・躍進などについては吉川さんの功績がとても大きいですね」

そんな吉川さんがプロデュースした作品には共通するテーマがあった。2009年、吉川さんにインタビュー取材を敢行し、執筆した記事を激賞された評論家の切通理作さんが明かす。

「吉川さんは絶対的なヒーローではなく、人間としての"弱さ"を知るヒーローを描きたかったんだと思います。それが吉川さんのどの作品にも通ずる大きなテーマでした。

例えば、『ゴレンジャー』ならば、『5人そろって、ゴレンジャー!』と右掌を正面に掲げて名乗りを上げ、力を合わせて怪人を倒す。ヒーローひとりひとりは決して強いわけではありません。ヒーローに弱さがあるからこそ、ストーリーが一本調子にならず、今なおこのシリーズが続いているのだと思います」

前出の秋田さんも"吉川イズム"を熱っぽく語る。

「『ヒーローは必ず、虐げられし者、弱い者を助ける存在でなければなりません。さらには自分の身を捨ててでも、守るべき者のために戦う存在でもあります』と吉川さんは語っていました。

これはまさに昔から現在まで大切に受け継がれているヒーローの精神。その上で吉川さんは、子供たちが気軽に声をかけられる親しみやすさや、熱い血の通った人間味のあるヒーロー像をひたすら追求していました」

視聴歴35年。筋金入りの特撮マニア、お笑いコンビ・オジンオズボーンの篠宮 暁さんも、ヒーローたちが抱える心の葛藤に魅せられたひとりだ。

「特に印象に残っている吉川作品は、『メタルヒーローシリーズ』の『時空戦士スピルバン』(1986〜87年)と『超人機メタルダー』(87〜88年)。スピルバンは宇宙戦争の被害者で、メタルダーは太平洋戦争末期、日本軍が起死回生のために開発したアンドロイド。怖さを感じる一方、ヒーローたちの悲しいバックボーンは子供ながらに心に響くものがありました」

そんな篠宮さんは現在、5歳になる長男・都乃(との)君と東映の特撮ドラマを楽しんでいる。ちなみに『侍戦隊シンケンジャー』(2009〜10年)のシンケンレッドが劇中で「殿」と呼ばれていることにちなんで「との」と名づけたそうだ。

「今は過去作品を動画視聴サービス『東映特撮ファンクラブ』でいつでも見られます。息子にとって、過去作も、リアルタイムで放送されている作品も区別はないので、手当たり次第に見ていますね。僕が子供の頃に見ていた『仮面ライダーBLACK RX』の主題歌を息子が歌っていたのには感動しました(笑)。ちなみに『BLACKシリーズ』も吉川さんの作品です!」

■秘伝のスープにスパイスを加えて

45年も続く「スーパー戦隊シリーズ」を立ち上げたことで順風満帆のように思われるが、意外にも吉川さんはヒット作を連発していたわけではなかった。少子化に加え、テレビゲームや塾通いによる子供のテレビ離れもあり、特撮やアニメ番組が高視聴率を取る時代ではなくなってきたのだ。

「吉川さんに言われて印象的だったのは、『プロデューサーは常に不満を持って、その次、その次をやらなければいけない』という言葉です。東映時代の上司、渡邊亮徳さんに『いい時代を知っている人には弱さがある。いい時代をいつまでも引きずると進歩しなくなる』と教えられたとおっしゃっていました」(切通さん)

人の気持ちを思いやれる懐の広さ、そして飽くなき好奇心は晩年も衰え知らずだったようだ。切通さんが続ける。

「僕はインタビューで一度お会いしただけですが、毎年欠かさず年賀状を送ってくださっていました。それも儀礼的なものではなく、私が新聞に寄せた書評の感想を丁寧に書いてくださったりするんです。しかも、そこで紹介した本をわざわざ取り寄せて読んだというから驚きました。一線を退いてからも、常にアンテナを張っていたんでしょうね」

ありきたりのものに満足せず、常に新しい感覚を取り入れる姿勢を持ち続けた吉川さん。この"吉川イズム"もまた後世に受け継がれている。

「『スーパー戦隊シリーズ』は老舗の秘伝のスープみたいなものです。代々継ぎ足して、創業当時の味を守りつつ、世相や流行の変化に合わせてスパイスを加えたりもしている。関心のない人からは『どれもみな同じ』なんて言われることもありますが、とんでもない。毎年毎年、緻密かつ大胆なアップグレードを重ねているんです」(秋田さん)

最後に特撮マニアを代表して、篠宮さんからひと言。

「今回あらためて調べてみたら、子供の頃に感動した特撮ドラマは吉川さんの作品がすごく多かったんです。考えてみれば、そういう感動を再び味わいたいがために、大人になった今も僕は特撮ドラマを見続けているところがある。生前、一度もお目にかかったことはありませんが、『ありがとうございます』と伝えたいです」

日本の子供たちを魅了し続けてきた"ヒーローのお父さん"。心よりご冥福をお祈りいたします。

■『週刊プレイボーイ31・32合併号』(7月20日発売)素顔のスーパー戦隊ヒロイン大集結号より

取材・文/羽柴重文 写真提供/秋田英夫