切腹ピストルズの総隊長・飯田団紅(いいだ・だんこう)氏は、2017年3月に配信した週プレNEWSのインタビューで、自分たちの活動が「負け戦なのはわかっている」と語っていた。

「映像の拡散力には、俺らは勝てません。俺らは『足を運んで見にきてください』というスタンスで、これは美意識というか、もう意地ですね」

その言葉どおり、切腹ピストルズの真骨頂はライブにある。レパートリーはイギリスのハードコアパンクバンドのカバー、日本の民謡、落語の出囃子など。総勢20名。飯田氏が鉦(かね)を打ち鳴らし音頭を取ると、エレキ三味線、篠笛、締太鼓、そして11人から成る平太鼓がひとつになって爆音をうねらせ、聴衆を熱狂の渦へと巻き込む――。

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「戦さ」の武器は音楽だけではない。切腹ピストルズの隊員全員が纏っている野良着もそうだ。栃木県に暮らす飯田はデザイナーという顔も持っているが、常日頃からこの格好で暮らし、山仕事、畑仕事に精を出す。

隊員の中には雪駄職人もいれば、米農家もいる。文明の利器を放棄しているわけではないが、古き良き「近代以前の庶民の粋」を現代に蘇らせる、彼らの暮らしそのものが表現なのだ。

前回のインタビューから3年、切腹ピストルズは活動の幅を広げている。18年6月には、彼らを長年追い続けるテレビ東京のディレクターの尽力でニューヨーク公演が実現。3泊4日の強行軍で、ブッシュウィックやハーレムの路上、ライブハウス、最終日にはタイムズスクエアのど真ん中を占拠した。

翌年9月にBSテレ東で放送されたドキュメンタリー番組『時代を斬る! 和太鼓集団が世界を鳴らす! 切腹ピストルズ参上』がその模様を伝えている。近代化の象徴たる街で、時空を超えてやってきたような謎の野良着集団が太鼓を打ち、騒ぎ立てる。

白人、黒人、アジア系、ビジネスマンにパンク愛好家、多種多様な人々が彼らを取り囲み、手を叩き、体を揺らして喜ぶ。日本の"SEPPUKU PISTOLS"はニューヨーカーたちに好意的に受け入れられたようだった。だが飯田は、「受け入れられようと思って行ったわけではない」と断言する。

「2018年は明治維新から150年。この節目の年に、いろいろ勉強させてもらったアメリカに仁義を切りに行った。お礼参りです。下駄を履いて、笠を被って、太鼓を叩く、よくわからない土着的な集団が広告だらけのタイムズスクエアにやってきて演奏する。

21世紀の現代に、まだこんな超少数派が生きているという事実を示すこと。それが目的であり、アメリカ人に喜んでもらえるかどうかは、あまり関係なかった」

これを海外進出の足がかりにしようという魂胆(こんたん)はさらさらないが、「ニューヨーク公演」という輝かしい文字が、彼らのプロフィールに箔を付けたのも事実だ。そのことを飯田は冷静に見ている。

「やっぱり日本のミュージシャンっていうのは、それをやるだけで箔が付いてしまう。それも実感したかった。で、案の定そうなってる。今まで切腹ピストルズなんか歯牙(しが)にもかけなかったような人たちからの対応がよくなって、やりたいことがやりやすくなった。

俺らのことを知らなかった人たちが、『ボロボロの野良着を着た奴らがなぜかウケてるらしいよ』って錯覚でも起こしてくれて、その結果、潰れそうな履物屋さんが救われたりしたらいいなって。ホント、そんな感じです」

先述のドキュメンタリー番組のハイライトは、19年7月、「瀬戸内国際芸術祭」のシーン。切腹ピストルズは演奏のほか、香川県高松市屋島の「四国村」に江戸時代の村を再現し、野良着、雪駄の展示販売などを行なった。ここで飯田はこんな発言をしていた。

「今日並べられたものは全部アナログなものじゃないですか。日本に昔からあったものというか。みんながこれをいいなと思ってくれた感じがある。

前は『江戸へ戻れ』とか、明治維新がどうたらこうたらとか言うと、なんだか突飛なこと言ってるなとか(思われていたけど)、それがそんなに突拍子もないキーワードじゃないなと。意地だけでやってきたけど、負けると思ってたけど、勝てるの?みたいな」

「負け戦」ではなかったのか? 発言の真意を聞いた。

「例えば食に関して有機農法とか、古来の生き方は大事だと思っている人は原発事故以前からいたし、現代社会の歪みによっていろいろ悪い出来事が起こると、『生き方を見直さないといけない』という声も出てくる。

隊員の中には『負け戦なんかじゃない』と言う者もいるけど、俺はやっぱり負け戦だと思ってる。でも、『こういうのはやがて衰退して淘汰(とうた)されていくんだよ』なんて言ったら最初から諦めちゃうことになるから、嘘でもいいから『勝てるかも』と言ったほうがいいと思ったのが真意。

それはある意味、すごく悲しいことだよ。それに対して俺は冷めてるというか、怒ってるというか、ヤケクソになっている」

日本全国を行脚する中で、昔の生活様式を実践する人や、消え行く伝統工芸の担い手らと交流を深めている。新潟では、報道の職を辞して東京から移住した茅葺(かやぶき)屋根の職人と出会った。

その人は、荒れ果てた休耕地を10年かけて鍬(くわ)一本で蘇らせたという。改良された種や肥料、農薬を使えば環境に左右されず合理的に作物ができるが、それを良しとせず、古い農法にこだわっている。彼は言う。「自分はバカだ」と。

また、ある地方の商店街で出会った下駄屋の経営者はこうボヤいた。

「バブルのときに下駄屋なんかさっさと辞めて、更地にしてビルでも建ててりゃ家賃収入でもっと楽に暮らせたのに、伝統を残さなきゃって変な意地張っちゃって、一日一足も売れない下駄を無理やり半分シャッターを開けて売っている。俺はバカだよな」

世の中には便利なものが溢れているのに、古い物や手法にこだわる。「自分はバカだ」とへつらうのは、誇りが半分、諦めが半分なのだろうか。飯田は言う。

「彼らは常に遠慮深くて、憚(はばか)りながらというか、世の中の悪口を言わない。それは、俺たち以上に『負け戦』だと認めているからなのか、世の中に背を向けても自分の生き方を全うできればいい、という考えからなのか。

切腹ピストルズはその域には全然達してないけど、そういう生き方が『負け戦』だってことはなんとなくわかる。失望感でやってるところもあるんだけど、その分、騒いでやろうかなと思って。いわば、現代への嫌がらせですよ。

その嫌がらせをカッコいいなとか、魂を揺さぶられましたとか、言ってくれる人がいる。やっぱり人間の奥底には、そういうものに触れると振動する部分があるんだろうなと」

「負け戦」を戦い続ける切腹ピストルズは今年11月、4曲入りのアナログレコードを発売した。A面を占めるのは『狼信仰(おおかみしんこう)』という曲。

埼玉県秩父市の三峯神社や、東京都青梅市の武蔵御嶽神社が起源といわれる狼信仰は疫病除けのご利益があるとされ、江戸時代末期にコレラが蔓延したときには「お犬様(ニホンオオカミ)」のお札が流行したという。

このご時世にそんな曲を出すとは、「アマビエ」の二匹目のドジョウを狙ったのか。飯田自身、「コロナ禍は切腹ピストルズの陰謀」とうそぶくが、曲が完成したのは3年前である。

現代に埋もれた伝統・文化の発掘をライフワークとする飯田にとって、古来の土着信仰との出会いは必然であった。信仰を曲のテーマにしたのは初めての試みだったが、そこには偶然の出会いがあったという。2016年、演奏のため訪れた長野県白馬村でのことだ。

武蔵御嶽神社の狼のお札をモチーフにしたTシャツを勝手に作って売っていたところ、「これって武蔵御嶽神社のお犬様ですよね?」と話しかけてくる女性がいた。武蔵御嶽神社の宮司の娘だった。

「『勝手に使ってすみませんでした』というところから始まったんだけど、娘さんがお父さんに報告すると、『ぜひ来年の大祭に呼びなさい』って言ってくれて。せっかく武蔵御嶽神社で奉納演奏をさせてもらえるなら、狼信仰にまつわる曲を作ろうということになったんです」

こうして、神への畏怖(いふ)を感じさせる重厚な『狼信仰』が出来上がった。これをレコーディングしたのは2019年。きっかけは豊田利晃(とよだ・としあき)監督の短編映画『狼煙が呼ぶ』の挿入曲を担当したことだった。

切腹ピストルズがライブを重視していた背景には、記録メディアによる再現性の限界もあった。そこで豊田監督は日本屈指のレコーディング・エンジニアと切腹ピストルズを引き合わせ、臨場感溢れる見事な出来栄えとなった。

偶然と必然の産物である『狼信仰』を引っさげた切腹ピストルズは、これまた偶然にもコロナ禍の時代に、疫病退散を願う各地から奉納演奏を依頼されることになった。

それでも以前のような活動はできない。ライブ受難の時代だが、飯田に焦りはない。全国一斉休校となった春先、飯田は小学生の息子を山に、畑に連れ出した。

「コロナ禍は『大人に課されたお題』だと思う。いくらお金があったって、流通が止まればトイレットペーパーひとつ買うのも苦労する。そのとき大人は何をするべきか、俺は原発事故のときからずっと考えていた。

畑があれば食べ物を作れるし、山に行けば薪を拾える。粘土があれば器も作れる。便利な物やサービスだけに頼っていては、危機に弱い。そんなときに、何千年と培ってきた昔のやり方を、もうひとつの選択肢として持っていたほうがいいと思うんだよね。

切腹ピストルズにとっても、『これはものすごいお題が来たぞ』って、隊員たちと議論してる。演奏ができない、じゃあ何をするかってなったときこそ、俺たちの腕の見せ所だと思うんだよ」

音楽活動が多忙なときには目も当てられないほど荒れていた飯田の畑は、今では生き生きとしているという。テレワークが浸透し、東京から郊外へ移り住む人が増えている。飯田が以前から訴えていた「生き方の見直し」を、多くの人が真剣に考えるようになった。それでも切腹ピストルズの戦いは「負け戦」なのだろうか。

●切腹ピストルズ 
又の名を江戸一番隊。全国に散らばる隊員およそ20名。鉦に三味線、笛、太鼓を使った神出鬼没な演奏を得意とし、町村おこし、祭り、ライブハウス、芸術祭、神社仏閣の奉納演奏などに登場する。その主張や野良着の風貌から『江戸へ導く装置』と呼ばれる。愛用の袢纏は、新潟県小千谷市片貝町の老舗・紺仁製。大紋は丸一、判じ絵は矢鎌志。演奏以外にも、地方探索や民俗の研究、農、職人、寺子屋、寄席など、隊員それぞれが展開している。最新情報は『切腹ピストルズ』公式サイト、または公式Twitterにて【@seppuku_pistols】

●狼信仰 
切腹ピストルズ初の単独音源、500枚限定のアナログ盤レコード(12inch)。発売直後に完売。A面:狼信仰、B面:たがやし/御まじない/狼息が収録。その他、切腹ピストルズの商品は『せっぷくぴすとるず名物・本店』にて

取材・文/中込勇気 撮影/本田雄士