スポーツ応援といえば部活のマネジャー。

「マネジャー、憧れあったんですよ!」

7月19日(月)発売『週刊プレイボーイ31・32合併号』のグラビアでは、つい先日まで高校生だった光野有菜(こうの・ゆうな)さんに扮(ふん)していただき、紡ぐ、いつかの夏の物語。

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■女優デビュー作で難しかったのは

――今回は号全体が「スポーツ応援」がテーマだったので、光野さんには野球部のマネジャーに扮していただきました。

光野 昔から憧れがあったんですよ。なので、うれしかったです。

――光野さんはついこのあいだまで高校生でしたけど、部活動は?

光野 バレーボールをやっていました。選手としてプレーしていました。

――ということは、ちょうど高3の最後の大会の時期にコロナによる緊急事態宣言が直撃していた?

光野 はい。大会も中止でした。

――どんな気持ちでした?

光野 高2の年明けから急速に広まって、春先にはもうかなり状況が悪くなっていたじゃないですか。高校も3月くらいから休みになっていました。なので、どこかで覚悟はしていました。

私の部はそこまで強いチームではなかったので、仕方ないかなと思える部分もあったんですけど、周りの、例えば個人競技でインターハイを狙えるような立場の友達は、すごく落ち込んでいた記憶があります。

――声はかけられなかった?

光野 なんとも言えなかったですね。やっぱり、みんなが同じ状況だったので。

――先日、光野さんが初演技に挑戦した橋本光二郎監督のショートフィルム『花咲く頃に、僕らは』も、くしくもコロナ禍でいろいろな舞台が奪われた高校生たちの物語でした。光野さんとしては、感情移入しやすかったのでは?

光野 私が演じた七海は、性格的には普段の私とは違うタイプだったんですけど......。

――あまり周囲となれ合わない、孤高な感じ?

光野 そうです。私はどちらかといえば、冒頭に出てきたきゃぴきゃぴしたふたり組に近い(笑)。でも撮影が始まる前に、七海になりきって彼女の履歴書みたいなものを書いたんですよ。それで、感情移入できるようになって、彼女を理解できるようになりました。「ああ、だからこのときこのセリフを言ったんだな」とか。

――七海は、コンクールの出場機会を奪われた合唱部の生徒でした。

光野 歌をまるまる一曲、歌うシーンがあって、それが大変でした。撮影前に2週間くらい、監督にレッスンを受けたり、歌うときの発声の仕方を教えていただいたり。

――歌もなかなかどうして堂々としていてよかったですが、初演技の感想は? 「いずれお芝居を頑張りたい」と言っていた、第一歩ですね。

光野 自分ではできているつもりなのに、後から映像を見るとできていないということが多くて、勉強になりました。「あ、ここはセリフ早かったな」とか。

――「女優」としての初めてのお仕事でしたが、それはいかがでしたか?

光野 感想とかコメントとかで、「感動しました」とか、「元気もらえました」とか、言ってくださる方が本当に多くて、すごくいいお仕事だなと思いました。私はプロの歌手でもないのに、役柄を演じることで今のご時世でも誰かに元気を与えることができるんだなって。本当に、今まで感じたことのない感情でした。

――そうして引き続き芸能の仕事をしながら、大学生活も始まりましたね。そちらはいかがですか?

光野 入学してからはほぼ全部オンラインの講義だったんですけど、最近(6月に入って)ようやく、キャンパスに行く機会が増えてきました。

――サークル活動なんかはいかがですか?

光野 平時にはあるような勧誘活動なんかもなくて、まだ何も入っていないんですけど、それこそ気になるところにはネット上でコンタクトを取って、見学に行けたりするみたいです。

最初はどこかの運動サークルのマネジャーをやろうかな、と思っていたんですけど、やっぱり自分でもプレーしたいので、結局バレーボールサークルを探しているところです(笑)。

(スタイリング/田中あゆ美 ヘア&メイク/つばきち) 

●光野有菜(こうの・ゆうな) 
2002年9月20日生まれ 大阪府出身 身長167cm 血液型=B型 
趣味=映画鑑賞、カラオケ 特技=バレーボール 
○昨年、週刊ヤングジャンプ「制コレ'20」グランプリを受賞。橋本光二郎監督のオリジナルショートフィルム『花咲く頃に、僕らは』で初主演、初演技を披露。
公式Twitter【@yuna_kono920】 
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撮影/矢西誠二