(左から)談志師匠、ゆみこ氏、JALの木村さん
(左から)談志師匠、ゆみこ氏、JALの木村さん

天才、奇才、破天荒......そんな言葉だけで言い表すことのできない、まさに唯一無二の落語家・立川談志。2011年11月、喉頭がんでこの世を去った。高座にはじまりテレビに書籍、政治まで、あらゆる分野で才能を見せてきたが、家庭では父としてどんな一面があったのか? 娘・松岡ゆみこが、いままで語られることのなかった「父としての立川談志」の知られざるエピソードを書き下ろす。

今回は、今から30年以上前、談志師匠とアフリカを旅した話。娘と父の旅は、想定外のことが次から次へと起こって......。

* * *

Netflixで『ザ・クラウン』を観た。長かったー。映像も衣装も美しく、キャストも実在の人物にとても似ていて、見応えがあった。ストーリーがどこまで実話に近いのかわからないが、人間の愛情より嫉妬心の方が強いという事が、怖いほど伝わってきた。

最近のNetflix作品は優秀だ。今年のアカデミーではNetflixのノミネート作品数がとうとうハリウッド作品を上回った。ハリウッドもコロナで撮影も上映も思うように出来ず、おうち時間でNetflixは勢いよく伸びたのだ。

『ザ・クラウン』の冒頭で、エリザベス女王がアフリカに訪問するシーンがあった。それを観て、急に私は父と2人でアフリカに行った事を思い出した。私が25歳くらいで父が52歳くらいだったと思う。そのころの父は、今の私よりも若かったんだと、まずそれに驚き、アフリカ旅行を少しずつ思い出す。

そもそも、なんで2人でアフリカに行くことになったのか? 

ウォルターというアフリカ人の青年と父が仲良くなった。彼は日本語ができて、日本人の奥さんと赤ちゃんがいた。きっとウォルターが「談志師匠! 一度アフリカに来てください!」と言ったのだろう。そういう言葉にすぐ食いつくそそっかしい性格の父に、またよく似た同じタイプの私がすぐに食いつき、結果アフリカに行く事になったのだと思う。

さらにちゃっかりしている父は、友人で、当時JALのイギリス支店長だった木村さんにも連絡してお世話になった。父と私はイギリス経由でケニアに行った。クリスマスの頃だった。

予防接種はしないで、まずはJALでヒースロー空港につくと、木村さんが出迎えてくれた。ナイロビに行くブリティッシュエアーに乗り換えるまで、3人でお酒を飲んだ。木村さんは、私が15歳で初めて父とヨーロッパに行った時、イギリス、ドイツ、ギリシャ、スペインと、ずっと一緒で大変お世話になった。とても素敵な紳士で、普段父の周りにいないタイプの方だった。その時も、父は回った国々で落語を披露した。私は父が落語をしている間にプールで昼寝をしていた。

木村さんに見送ってもらい、父と私はナイロビに向かった。ナイロビには、JALの方とウォルターが迎えに来てくれた。車でHilton Hotelに向かっていると、父が「カバンがない!」と言い出した。そこには現金、パスポート、大事な物が全て入っていた。

すぐに空港に引き返したが、なくなっている可能性の方が高いと思っていた。しかし、税関にそのバックがあった! 普段は財布の紐の固い父も、「ありがとう! ありがとう!」と言って、そこにいたアフリカ人達に沢山チップをあげた。「彼らには、いいクリスマスプレゼントになったはず」と父は言っていた。

家でいらなくなった物をアフリカに持っていけば喜ばれるだろう、と思いついた父は、ガラクタを詰めた段ボールを2箱くらい持参していたが、それはのちのち旅の途中で活躍する。

初めてのアフリカ。まずはナイロビのHilton Hotelで父が落語をする予定だった。ナイロビに駐在している日本人の奥さま達が、和食でもてなしてくださった。おいなりさんをお豆腐から作ったと聞いて、びっくりしたのと美味しかったのを思い出す。

海外で父が落語をすると、何年も日本を離れている方々からとても喜ばれた。ナイロビは予想していたより都会だなと思ったが、レストランに行くといろんな動物のお肉があって驚いた。2日間ナイロビに滞在し落語もやって、それからがアフリカ旅行の始まりだった。

30年前の事を1人で思い出すのは大変だ。「パパー、あれどこだっけ?」「パパー、あの人ブスだったよねー」「パパー、あの食べ物なんだっけ?」と聞きたくなる。いてくれたらいいのにと思う。

ナイロビからの旅は、セダンからタウンエースのような車に変わった。とにかく道の状態が半端なく悪い。移動時間も7〜8時間におよんで、車の中で座って弾んでいるだけでクタクタになった。さらに、車が穴にハマると全員で車を押さなければならないルールがあって、そのたびに私も車を降りて一緒に押した。父はサボっていたと思う。

夜にやっとたどり着いた場所は何処だか具体的には思い出せないが、確かにアフリカらしいところだった。世界中の研究者が来る「昆虫の宝庫のゲストハウスと」説明された。食堂に行くとスープが出てきた。とにかくお腹が空いていたのでスプーンで飲み始めると、小さなゴミのような物が浮いている。スプーンで避けると、また浮かぶ。

おかしいな?と思ってよく見たらそれは虫で、天井を見上げると、全面その虫だった。さすが虫の宝庫だなと思ったが、もう食べられなかった。ヤバいところに来ちゃたな!と、父の顔を見ると、父も同じ顔をしていた。部屋は父と別々で心細かったが、蚊帳のついたベッドで眠った。