ゆみこ氏(左)とサンボマスター山口氏(右)
ゆみこ氏(左)とサンボマスター山口氏(右)

天才、奇才、破天荒......そんな言葉だけで言い表すことのできない、まさに唯一無二の落語家・立川談志。2011年11月、喉頭がんでこの世を去った。高座にはじまりテレビに書籍、政治まで、あらゆる分野で才能を見せてきたが、家庭では父としてどんな一面があったのか? 娘・松岡ゆみこが、いままで語られることのなかった「父としての立川談志」の知られざるエピソードを書き下ろす。

今回は、ゆみこ氏の芸能人たちとの交流にまつわる数々の思い出話。「立川談志の娘」ということで、得をしたことが何度もあるようで......。

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7月19日発売の『週刊プレイボーイ』の誌面とYouTubeで、落語家・立川談志没後10年特別対談企画『ゆみこの部屋』を、笑福亭鶴瓶師匠をゲストにお迎えしてやらせて頂いた。ゲストの方と娘の私で、立川談志の話をしましょうという内容だ。2回目のゲストには、サンボマスターの山口隆さんに来て頂いた。

鶴瓶さんとは日頃から親しくして頂いているし、父との思い出も面白い話もいっぱいある。一方、山口さんは父に会ったことも生で落語を聴いたこともないとないと言っていたが、彼が談志フリークだという噂は私も知っていた。 

私は、無論父の遺伝子だと思うが、とてもお喋りで人と話すのが好きだ。以前『スナックゆみこ』というトークライブをやっていた時は、芸能人の方だけでなく色んなジャンルの方にもゲストに来て頂き、お話をした。

対談などの相手がお会いした事のある場合はいいのだが、面識がない相手の場合、大抵事前にご挨拶だけでもご本人に会いにいく。そして情報収集をする。山口さんにはお会いした事がなかったから、まずサンボマスターの曲を聴き、山口さんの対談本を読んだ。普段あまりロックを聴かない私はサンボマスターの曲に元気をもらい「山口さんギター上手い!」と思った。

山口さんの対談本『叱り叱られ』は20年くらい前のもので、まだ20代の山口さんが、山下達郎さん、大瀧詠一さん、岡林信康さん、ムッシュかまやつさん、佐野元春さん、奥田民生さんなど、レジェンドミュージシャンの方々にガンガンに質問をぶつけている、とても面白いものだった。

さらにズーズーしい私は、タイミングよくホールツアー中のサンボマスターの中野サンプラザのライブにお邪魔した。私が座った席は以前、山下達郎さんのライブでメリーさんが座っていた、私が勝手に「お姫様席」と呼んでいるお席だった。山口さんは初の中野サンプラザでのライブだったそうだが、私にとっても初サンボマスターだった。とにかく叫んで歌って、ギターを弾きまくり。3人のパフォーマンスがパワフルで、おばさんの私も踊ってしまった。

対談は、誌面やYouTubeでご覧くださいませ。ちなみにYouTubeの「ゆみこの部屋」のタイトルコールは、山口さんが私と一緒に吠えてくれた。すっかりサンボマスターファンになった私は大阪のファイナルにも押しかけて、今年の夏で1番汗をかいた。山口さんは脱水症状になっていた。 

ミュージシャンの方で落語好き、談志好きの方は意外と多い。私は談志の娘だというだけで何度も得をしている。 

ある業界の社長さんに、山下達郎さんの中野サンプラザのライブに連れて行ってもらい、終わってからご挨拶をさせて頂いたことがあった。そこには竹内まりあさんもいらっしゃった。お客様も沢山待っていたし、「談志の娘のゆみこです......」とご挨拶して帰ろうとすると「ちょっと待って! 握手して」と、達郎さんが手を差し出してくれた。

ザ・ブルーハーツのライブには、だいぶ前にピコ太郎さんに連れて行ってもらった。楽屋に行き、私が「はじめまして」と言うと、甲本ヒロトさんが「僕は知ってるよ!」と言ってくれた。甲本さんはNHKの番組で「少しのお金と時間があるなら、絶対談志師匠の落語を聴くべきだ」と熱く語ってくれたこともあった。ザ・ハイロウズのポスターのモデルに父を指名してくれて、それが渋谷で大きく掲げられたこともある。

サザンオールスターズの桑田佳祐さんとは、国立演芸場の楽屋でお会いした。その日は桂雀々さんと立川談春さんの落語会だった。楽屋にいると、突然桑田さんがあの声で何かしゃべりながら1人で入って来た。雀々さんと交流のある桑田さんがあいさつに来ていたのだ。あのサザンの桑田さんが突然目の前に現れたのだから、びっくりしたなんてもんじゃない。着替えていた談春さんはしばし気がついてなかった。

畳の楽屋に正座をして「談志の長女のゆみこです」とご挨拶すると、桑田さんも正座をして「桑田佳祐です」と挨拶してくれた。光栄だった。その時のツーショットは、今もガラケーの中だ。