『週刊プレイボーイ』に登場するタレント、女優、アイドルなど、各分野で活躍する女性たち。彼女たちの記念すべき「初グラビア」にフォーカスし、撮影にまつわるエピソードや当時の想いを綴る連載シリーズ『初グラビア物語 〜My First Gravure Story〜』。

今回はモデル・岩﨑名美さんの前編。『週刊プレイボーイ』にはちょうど10年前、2012年51号(12月17日号)に初登場。身長168センチ、B83W58H85、股下85センチという圧巻のスタイルを披露し、奇跡の16歳として大反響を呼びました。

12歳でスカウトされ、『Hana*chu→』のモデルとしてデビュー。16歳で、『JJ』の専属モデルとなり、2013東レ水着キャンペーンガールに就任。以降はモデル、タレントとして活躍した彼女。今回はデビューのきっかけから、初グラビアが『週刊プレイボーイ』に掲載されるに至った経緯を聞いた。

『週刊プレイボーイ』2012年51号(撮影/熊谷貫)
『週刊プレイボーイ』2012年51号(撮影/熊谷貫)

――岩﨑さんの記念すべき初グラビアは、ちょうど10年前『週刊プレイボーイ』に掲載されたんですよね。

岩﨑 10年! そんなに経ちます? ヤバッ(笑)! その頃、私は東レさんの水着キャンペーンガールのお仕事が決まったんです。それで「せっかく水着を着るんだから、グラビアにも挑戦しよう」みたいな感じで当時のマネージャーさんが動いてくれて、週プレさんで撮っていただくことになったんです。それにしても懐かしいですね。

――その初グラビアに至るまでの経緯をお伺いしたいのですが、そもそも岩﨑さんが芸能界に入ったのは12歳の時。当時、1日40人ものスカウトに声をかけられたこともあったそうですね。

岩﨑 はい。原宿の竹下通りに行ったら、代わる代わる声をかけられました。一緒にいたお父さんは「一体何事だ!?」って顔をしていましたね(笑)。

――もともと芸能界に興味はあったんですか?

岩﨑 モデルに憧れていました。だからやってみたかったけど、お母さんが反対で。芸能界は怖そうだから、それよりCAさんになって欲しいって。

――CAさん! イメージが沸きますね(笑)。どんなふうにお母さんを説得したんですか?

岩﨑 スカウトしてくれた方の中に熱心な方がいて熱弁をふるってくれたんです。あとウチのお父さんが、ライブハウスでバンドをやるような自由な人で、娘にはやりたいことをやらせてあげたいと言ってくれて。それならという話になりました。

すぐに『Hana*chu→』というファッション誌のモデルが決まり、仕事するようになりましたね。ただ決まったものの、最初は不安でいっぱいになったけど。

――不安、ですか?

岩﨑 初めて撮影現場に行った時、「え? こんなにいるの?」ってくらいモデルさんはかわいいコばかり。なにしろ当時は一つ上の代に久松郁実ちゃんがいて、さらに一つ上には土屋太鳳ちゃんがいましたからね。しかもみんなすごくキビキビうごいている。自分はやっていけるかなって。

――仕事に慣れたのは?

岩﨑 割とすぐです(笑)。すぐに「このページ、自分がやりたいな」「表紙をとりたいな」とか思うようにもなりました。順調にモデル活動をしていたんですけど、中3になった時、雑誌が休刊になったんです。突然だったのでショックで。

――別のファッション誌へ移籍はしなかったんですか?

岩﨑 じつはそれ以前から何度か、有名なティーン誌のオーディションを受けていたんですけど、通らなくて。高校に入ってからも雑誌が決まらない。どうしようって思っていたら、マネージャーさんが東レさんの水着キャンペーンガールに応募してはどうかって。

――女優への登竜門ですよね。過去には山口智子さん、杉本彩さん、藤原紀香さんなどを輩出しました。でも「水着」に抵抗ありませんでした?

岩﨑 なかったです。いつか水着のお仕事をしてみたかったし、あと私は大の負けず嫌い。同世代のコがモデルとして頑張っているのを見るとやる気に火がついて、絶対キャンペーンガールになるぞって。その後、『JJ』が決まり、モデル活動を継続できることになったんですけど、とにかく気合十分でした。

――東レさんのオーディションはどんな感じだったんですか?

岩﨑 水着キャンペーンガールは一年を通して、企業の顔として活動するので、総合的な資質が問われるんです。なのでオーディションもどちらかというと、就職試験みたいな感じで。面接でも自分の意見が問われましたね。

――当時まだ高校1年ですよね。ハードルが高かったのでは?

岩﨑 はい(笑)。でも頑張って自分の言葉で真摯に想いを伝えました。そうしたらなんと受かって! しかも16歳は史上最年少だとか。自分でもびっくりしました。家族や友達から「おめでとう」って言われたんですけど、なかなか実感が沸かなかったですね。

――キャンペーンガールの思い出は?

岩﨑 全国の水着ショーや夏祭りなどに参加させていただいたことです。その先々で偉い方々が「かわいいですね」「スタイルいいですね」って、褒めてくださるんです(笑)。そんな機会、なかなかないですよね。あとどこへ行っても東レの社員さんたちが、家族みたいに優しく接してくれるんです。それも感激しました。

『週刊プレイボーイ』2012年51号(撮影/熊谷貫)
『週刊プレイボーイ』2012年51号(撮影/熊谷貫)

――とても貴重な経験でしたね。ところで話は脱線しますけど中学の頃、岩﨑さんはガチのAKBオタクだったそうですね。

岩﨑 あははは。そうです(笑)。もともとはお姉ちゃんがこじはる(小嶋陽菜)さんが大好きだったんです。いつも一緒にいたから自分もだんだん夢中になっていきました。

私は佐藤亜美菜ちゃん推しだったんですけど、秋葉原にある劇場に出かけたり、個別握手会や全国握手会にも足を運んでいました。ファンに混じって生写真のトレードなんかもガチでやったりとか。当時のお小遣いは全部AKBに注ぎ込んでいましたね(笑)。

――AKB48のオーディションを受けようとは思わなかった?

岩﨑 それはなかったです(笑)。歌って踊るなんて、できないです。それに私は背が高いし、声も低いのでアイドルは無理ですよ。

――小嶋陽菜さんもそうだし、篠田麻里子さんとか背が高くて、モデル系のお姉さんタイプもいたじゃないですか。

岩﨑 あ、そうか。じつは最近になって一度はアイドルをやってみたかったなって思うんですよね。昨年、25歳の時に乃木坂46のオーディションサイトをこっそりと覗いたこともあったし。で、「24歳まで」って書いてあるのを見てがっかりしたという(笑)。

――もし応募していたら、いまとは別の人生を歩んでいたかもしれませんよね。さて、その東レさんのキャンペーンガールとなったことで、いよいよ「初グラビア」へと繋がっていくわけですが、週プレを見たことは?

岩﨑 もちろんありますよ。AKB48が毎週のように出ていたじゃないですか。しかもお姉ちゃんは週プレを買って、こじはるさんのページを切り抜いていました。「週プレさんに顔見せに行くよ」って言われた時は、「え? あの週プレ? もしかしてAKB48と一緒の雑誌にグラビアが載るかも」ってワクワクしました(笑)。

あとタレントの鈴木ちなみさんが東レキャンペーンガールの2つ上の先輩なんですけど、週プレさんによく出ていたじゃないですか。それもあって嬉しかったですね。

――編集部へ顔見せに行く時は緊張しました?

岩﨑 まったくなかったです。もともとあまり人見知りしない性格だし、お仕事で大人の方と会うのは慣れていたので。ただ、顔見せの時、週プレの担当編集さんがクールな感じの方で私を気に入ってくれたのかどうかわからなくて。ちょっと不安になりましたけど。

――正式に撮影の話が決まったときは?

岩﨑 いやそれは、もうめっちゃ嬉しかったですよ! 週プレさんのグラビアって女優さんでもアイドルでも有名な人ばかり出ているから、華やかなイメージがあったんです。自分もその中に入れるんだって! 撮影はどんな風なのかよくわからないけど、ロケ当日まではとにかく楽しみで仕方なかったです。

★後編は8月3日(水)配信予定です

■岩﨑名美(Nami IWASAKI)
1996年10月25日生まれ
東京都出身 血液型=B型
身長169㎝ B84 W59 H86
○2013年度「東レキャンペーンガール」。ファッション誌『CLASSY.』のレギュラーモデルとして活躍中。公式Twitter【https://twitter.com/nami_iwasaki】&Instagram【https://www.instagram.com/nami_iwasaki/】

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取材・文/大野智己 撮影/山上徳幸