『グラジャパ! アワード2022』でグランプリを受賞した雪平莉左さんの初グラビア秘話とは――?
『グラジャパ! アワード2022』でグランプリを受賞した雪平莉左さんの初グラビア秘話とは――?

『週刊プレイボーイ』に登場するタレント、女優、アイドルなど、各分野で活躍する女性たち。彼女たちの記念すべき「初グラビア」にフォーカスし、撮影にまつわるエピソードや当時の想いを綴る連載シリーズ、『初グラビア物語〜My First Gravure Story〜』。

今回はタレント・雪平莉左さんの前編。雪平さんは2020年にデビュー。初仕事となる、『東京カレンダー』ウェブ版「東京プールラバー2020」(8月8日配信)で初水着を披露するとバズり、翌年より『週刊ヤングジャンプ』(2021年6&7号)、『週刊プレイボーイ』(2021年5号)などに登場し、グラビア活動を本格化。

また2022年6月にはボクシング世界戦でラウンドガールを務めると「美しすぎるラウンドガール」として注目を集め、またファースト写真集『とろける。』(撮影/佐藤佑一)も大ヒットするなど大躍進。同年末には『週刊プレイボーイ』の『グラジャパ! アワード2022』でグランプリを受賞した。

今回はそんな雪平さんを直撃。デビューのきっかけから『東京カレンダー』『週刊ヤングジャンプ』で登場するに至るまでの話を聞きました。

雪平莉左『週刊プレイボーイ』2021年5号(撮影/小塚毅之)
雪平莉左『週刊プレイボーイ』2021年5号(撮影/小塚毅之)

――遅ればせながら「グラジャパ!アワード2022」グランプリ受賞、おめでとうございます!

雪平 ありがとうございます。自分がまさかそんな賞をいただけるとはまるで思ってもみなかったので、すごく嬉しかったです。

――2023年一発目となる、『週刊プレイボーイ』新年3&4合併号の表紙では、グラジャパ!アワードで最優秀新人賞&週プレプラス賞の村島未悠さん、最優秀作品賞の志田音々さんと共演。

自分は撮影現場にいましたが、志田さんの肩に手を置いたり、村島さんに微笑みかけたり、お二人をリードして女王の風格を感じましたよ。

雪平 あははは。そんなたいそうなものじゃないですよ。そもそもお二人より私の方が年上ですから。最初は私も含め、三人ともぎこちなかったんですけど、徐々に和らいできましたよね。結果的に新年号らしく、明るいムードの表紙になってよかったです。

雪平莉左『週刊プレイボーイ』2023年3&4合併号(撮影/笠井爾示)
雪平莉左『週刊プレイボーイ』2023年3&4合併号(撮影/笠井爾示)

――今日は雪平さんに「初グラビア」にまつわるエピソードを、そこに至るまでのお話とともに伺いたいんですが、雪平さんは学生時代はどんなコだったんですか?

雪平 中学の途中までは、陽気なキャラだったんですけど、転校してからはそれが変わって、どちらかというと一匹狼みたいな感じでした。あまり友達とはつるまず、学校をサボったり、遅刻していったり。恐らく反抗期もあったと思いますけど、我が道を行くみたいな感じでした。

――なんかカッコいいですね(笑)。趣味なんてあったんですか?

雪平 おしゃれかな。当時はゴスロリとまではいかないけど(笑)、派手で可愛い格好が好きで。ドクロのプリントがあってフリルの付いたワンピースに、スタッズのついたチョーカーを首に巻いたり。あとメイクもギャルみたいに濃くてつけまつげを3枚つけ、カラコンして髪をぐるぐる巻きにしたり。

――まるで人形みたいですね。

雪平 そんな感じです。地元(愛知県豊田市)では遊びに行く場所ってショッピングモールしかなかったので、イオンとか行ってイキがっていました(笑)。

――いまの姿からは想像がつかないです。高校卒業後はOLに?

雪平 はい。インテリア会社に勤め、事務職、接客、それから力仕事までなんでもやっていました。で、休みの日は名古屋まで出て買い物に行ったり、カフェに寄ったり。普通にOLしていました。

雪平莉左

――それがどうして東京へ?

雪平 社会人を3年間やった頃、余裕が出てきて、友達と月に3回くらい東京に遊びに行っていたんです。その交通費や宿泊費を考えたら、もう思い切って東京で暮らしちゃおうかなって。ちょうど地元での生活にも飽きてきて、新しいことをやりたいと思っていた頃だったんです。結局、何の当てもなく出てきちゃいました。

――思い切りがいいですね(笑)。お仕事は?

雪平 上京してしばらくは、貯金があったんでふらふらと過ごしていました。あと可愛い衣装が着たくて、レースクイーンのお仕事をやっていました。そうしてしばらく経った頃、いまの事務所にスカウトしてもらい、芸能のお仕事を始めました。

――芸能事務所にはこれまでもスカウトされたことがあったんじゃないですか?

雪平 地元にいた時から街中で随分と声をかけられました。でもその頃はまるで興味がなくて。ずっと無視していました。

――翻意したのはなぜ?

雪平 25歳になっていましたし、チャレンジするのは今なのかなって。あとレースクイーンのお仕事を通じて、人前に立つことや写真に撮られることに慣れ、少し自信がついたのもありますね。

――それまでは写真を撮られるのは苦手だった?

雪平 苦手というか、嫌いでした。それこそ小さい頃からそうで、昔の写真を見ると大体、不貞腐れています(笑)。あとサロンモデルの勧誘もたくさん受けたんですけど、すべて断っていました。写真で唯一、好きなのはプリクラだけ。プリクラはキメ撮りだし、目を大きくしたり、顔を小さくするとかいくらでも盛れる機能がありますから。

――ただ芸能の仕事って資格があるわけじゃないし、すべてにおいて自分次第じゃないですか。不安なんてありませんでした?

雪平 まったくなかったです。どちらかというとお仕事をいただいてそれをやってみたらどれくらい反響があるのか、単純に興味がありました。それを見て、自分にどんな仕事が向いているのか、それこそ芸能の仕事自体もやっていけるのかわかるだろうし。

雪平莉左

――すごく冷静ですね。初仕事は?

雪平 『東京カレンダー』さんの「東京プールラバー2020」の撮影(2020年8月8日掲載)です。

――ホテルのラグジュアリーなプールの紹介記事。ナイトプールで雪平さんは白の水着で気品のある姿を披露しました。これが雪平さんにとっての初水着なんですよね。肌を出すことに抵抗は?

雪平 なかったです。「水着グラビアです」と言われて、明るい太陽の下で写真を撮りまくる! みたいな仕事内容だったら、抵抗があったかもしれないですけど、決してそういう類ではなかったので。それに水着は自前だし、メイクも自前。普段通りでしたから。

――そもそもナイトプールというシチュエーション自体がおしゃれ。それもよかったんですかね。

雪平 それもあります。当時、ナイトプールの写真をインスタグラムにあげるのが流行ってて。仕事内容的にはそれに近い感覚だったかも。ナイトプールで販売されているお酒なんかもいただいて、撮影ではホロ酔いになって楽しくなっていました(笑)。

――「東京プールラバー2020」は『東京カレンダー』の本誌ではなくて、ウェブ版の企画でした。

雪平 あと東京カレンダーさんのYouTubeチャンネルにも動画がアップされました。ネットで気軽に見られたのはよかったと思います。SNSで拡散されて、軽くバズったんです。周りの知人からも見たよって声が多くあり、「あ、広まってるな」って手応えを感じましたね。

雪平莉左

――その後、『週刊ヤングジャンプ』2021年6&7合併特大号で「カレンダーGirls」企画で12人のうちの一人として選ばれ白水着とチョコレート色の水着姿を披露しました。

雪平 2月担当だったんですよ(笑)。

――この時は『東京カレンダー』の時とは異なりスタイリスト、ヘアメイクがつき、いわゆる「グラビア」撮影となりました。この時、恥ずかしさや肌を出すことの抵抗は?

雪平 なかったです。グラビアなんでしょうけど、カレンダー企画だったので、そこまで自分の中で気負いはなかったです。どちらかといえばグラビアの水着を着たというよりは衣装っていう感じで。

――グラビアでは、バレンタインをイメージして、頭にデコレーション用のピンクのリボンを巻き、手でハートマークを作り、甘い笑顔。東京カレンダーではどちらかといえば、クールでキレイなお姉さんのイメージだったので、随分と雰囲気が違いますよね。

雪平 私自身はもともと可愛いものが好きなのですごく嬉しかったです。撮影現場はモデルも多かったし、慌ただしかったんですけどとにかく「ラブリーに写ろう!」と集中していました。緊張もしなかったです。

聞いたところではヤンジャンさんのこの撮影は『東京カレンダー』の評判がよかったから声をかけてくれたらしいんです。「もしかしたら、いまの自分はグラビアで需要があるのかな」と思いましたね。

★後編⇒雪平莉左が体感するグラビアの面白さとは?「自分がいいなと思えば、肌の露出はまったく気にならない」

■雪平莉左(Risa YUKIHIRA)
1994年6月17日生まれ 愛知県出身
身長164㎝ B88 W57 H87
趣味=ゴルフ、競馬、映画鑑賞
特技=乗馬、腹筋を割ること、イチゴの大食い
公式Twitter【@risa_yukihira】
公式TInstagram【@risa_yukihira】

雪平莉左 ファースト写真集『とろける。』撮影/佐藤佑一 定価/2,970円(税込)
雪平莉左 ファースト写真集『とろける。』撮影/佐藤佑一 定価/2,970円(税込)

取材・文/大野智己、撮影/荻原大志