ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * * *

FMヨコハマの人気ラジオ番組「FUTURESCAPE」に、著書の紹介を兼ねてゲスト出演させてもらった。

パーソナリティーは小山薫堂さんと柳井麻希さん。薫堂さんといえば、なんとあの「くまモン」や「料理の鉄人」の生みの親であり、日本中のグルメを知りつくす美食家であり、常に人生を楽しみつつすごいプロジェクトを次々と実現させている、僕からしてみれば憧れることもおこがましいような偉人だ。そんな人と突然会うことになれば緊張するに決まってる。

ただ、これまでにも何度かラジオに出演させてもらったことはあるけれど、ゲストのことを敵視しているパーソナリティーなどいない。それに、社会的に成功している大人物ほど、人間性もともなっていることが多い。おふたりの優しい人がらのおかげで、30分ほどの収録は、僕の緊張をよそに穏やかで楽しい時間となった。

打ち合わせも含めた集合時間が、横浜のみなとみらい駅に朝の9時だったので、起きた時間も早かった。収録が終わって昼前。肉体と精神の適度な疲れを、なにかうまいメシと、ビールの一杯くらい飲んで癒したい。ついでに家族におみやげでも買って帰りたいしと、久しぶりに横浜中華街へ寄って帰ることにした。

大混雑の中華街
大混雑の中華街

ところがうっかりしていたことに、この日は土曜日だった。僕のような自営業者は、いつどこにいたって誰にも文句を言われないぶん、休日の観光地や繁華街の混雑に慣れていない。そもそもまったく中華街に詳しいわけじゃないから、穴場の店など知るよしもない。ちょうど昼時で行列のできる店々の前を人をかきわけるようにして歩いていたらなんだか圧倒されてしまい、そのまま中華街を抜け、半泣き状態で海までやってきてしまった。

海......か......
海......か......

そこでスマホの地図を確認する。もう中華街に戻る気力もないし、すぐそこにあるらしいマクドナルドでハンバーガーでも買って、海を眺めながら食べて帰るのもいいかなぁ。なんて思ってたら、近くにある「山下ふ頭」エリアのなかに、ぽつんと一軒「波止場食堂」という店が表示されている。「港湾関係者のための食堂かな? いいじゃんいいじゃん!」と、がぜんテンションが上がり、向かってみることにした。

港のスケール感を甘く見、かつ無計画に向かってみたら行き止まりに阻止されたりして、なんだかんだで30分くらいかかってしまったけど、なんとか山下ふ頭の入り口に到着。は、早くビールが飲みたい!

真ん中くらいの緑色の建物が食堂らしい
真ん中くらいの緑色の建物が食堂らしい

ところがなんだか、入り口付近がものものしい雰囲気だ。「立ち入り禁止」の立て札があちこちにあり、「お前みたいに無関係のやつは絶対に入ってくるなよ」と言われている気分。

ここにいる時点で若干こわい
ここにいる時点で若干こわい

それでもここまで来たのだからと、入り口近くに立っていた警備員さんに聞いてみる。

「すみません、この先に食堂があると聞いたんですが......」
「うん、あるよあるよ! 今日は土曜日だから450円ランチ! ふだんは510円だからお得だよ。だけど、土曜はメニューが少ないんだよね〜」
「そちらって、僕でも入れるんでしょうか?」
「大丈夫大丈夫! あそこに見える『国際エキスプレス』って建物の奥ね」

なんだかめちゃくちゃウェルカムだった......。

波止場食堂 山下店
波止場食堂 山下店

というわけで波止場食堂に到着。長かった......ここにたどり着くまで。けれどもなにはともあれ、これで食堂飲みができる! 食堂はピカピカで、言ってしまえば素っ気ない学食のような店だったが、それもまた良し。メニューサンプルを流し見て、食券販売機の前に立つ。するとなんと、あれ? ビ、ビールが、ない!?

酒類一切なし
酒類一切なし

そうかぁ。そういうこともあるか。世が世なら210円の「ミニカレー」に50円の「ちくわ磯辺揚げ」をのせて、あとは100円の冷奴だな、それらをつまみにビールを飲んで、余裕があれば「かけそば」でシメ! なんてこともできたんだけど、儚い夢となった。

が、ひとまず腹が減っている。とにかく食おう! と、券売機に千円札を投入。すると、警備員のおじさんの言ってたことは本当だった。選べるメニューが少なくて、全体の1/5くらいしか光ってない。神奈川県らしいメニューの「サンマーメン」とか食べてみたかったんだけどな〜。となれば選択肢は、教えてもらった450円の「土曜日ランチ」だな。

「土曜日ランチ」を食べる土曜日
「土曜日ランチ」を食べる土曜日

土曜日ランチは週替わりっぽくて、今日は「生姜焼き丼」だった。ふだんなら自分からすすんでは選ばなそうなメニュー。いろいろな要素に翻弄されて流れ着いたこの場所で出会ったのも、必然なのかもしれない。

ボリューム満点!
ボリューム満点!

大きなプラスチック製のどんぶりに、大盛りのごはん。その上にたっぷりの千切りキャベツと、豚の生姜焼き。つけあわせは豆腐とわかめのみそ汁に、しば漬け。キャベツにごまドレッシングを、生姜焼きに七味をかけて、席に着く。

ラジオ収録が終わってもう1時間以上は経っているだろうか。疲弊しきった体がカロリーを渇望している。まずはわしっとキャベツをほおばる。シャキシャキシャキ。よし、準備運動完了。生姜焼き丼、いただきます!

たぶんだけど、今日の目玉メニューだからだろう。そのつど作るできたてタイプではなく、大鍋かなんかで大量に仕込んだ感じの、若干煮込み料理っぽい生姜焼きだ。玉ねぎがとろとろで、おかげで甘めのタレもとろとろで、食感としてはほんのり中華丼っぽくもある。そこにたっぷり薄切り豚ばら肉のうまみ。白メシがすすまないわけがない!

生姜焼きのタレで米がしっとり
生姜焼きのタレで米がしっとり

バクバク、がつがつ、ズズズ、ぽりぽり。サイドメニューでリズムを作りつつ一心不乱に丼をかっこむ。うまいうまい! ちびちびとあれこれつまみながら酒を飲むなんていうふだんのこざかしい食事より、今日はむしろこれで良かった!......というのは半分負け惜しみだけど、ふぅ、とにかく大満足で食べ終えた。

なんだか朦朧としていた意識も正気に戻り、さて、中華街に戻って、食べ歩き用の小籠包をつまみにビールを一杯、なんて胃袋の余裕は、もはやない。
「今日はこのくらいでかんべんしといてやろう」と、行列のできていなかった店でおみやげの冷凍肉まん3個入りを買い、帰りの電車に乗りこんだ。

取材・文・撮影/パリッコ