ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

今年の6月、なんと、僕がプロデュースしたオリジナルの酒器が発売された。

デザイン関係の企画立案やマネジメント業を専門にしているという「株式会社サーティースリー」のT夫妻から最初にメールをもらったのは、昨年の2月だから、もう1年半も前のことだ。内容は「オリジナル酒器のプロデュースをお願いしたい」というもの。

いくら酒や酒場専門のライターをやっているとはいえ、それまで予想もしていなかった内容にとても驚き、そして、そんな夢のような企画にもしかしたら関われるなんて! と大興奮。興味がある由を返信した。

当時、僕の住む東京は緊急事態宣言のまっただなかだったが、おふたりは、「可能であれば一度実際に会って、まずはアイデアや構想についてをじっくりと話し合いたい」と言ってくださり、続けて「ご自宅の近くまでお伺いするので、屋外で『チェアリング』をしながら、それぞれに距離をとりつつお話をするのはどうでしょう?」とのご提案。

チェアリングとは、僕と友達のライター、スズキナオさんのふたりで考えた「公園や川辺などの景色のいい場所にアウトドア用の折りたたみ椅子を持っていって座り、ひとときただぼーっとするだけ」というアクティビティのこと。

まず、そのことを知っていてくれることが嬉しいし、それに、いきなりチェアリングで打ち合わせをしましょうなんて提案をしてくれる酔狂。僕はその時点で、この人たちは信頼できると確信し、ぜひおふたりとものづくりがしたいと強く思った。

完成した酒器「#mixcup」は、長崎県波佐見焼の窯元「中善」が作る本格的な陶磁器でありながら、片側から見ると缶チューハイ、もう片側から見るとビッグサイズのカップ酒のように見えるリバーシブルデザイン。

実はそのアイデア自体は、初回のチェアリングミーティングの時にほぼ決まっていたんだけど、それから細部のディティールや質感などについて話し合いを重ね、さらに重要な権利関係などについて、いろんな会社の立派な大人の人たちが力をつくしてくださり、ついに発売されたのが先月というわけだ。

実際に完成したカップは、窯元の熟練の技が光る、手になじむ感じと飲み口の心地よさで、その完成度の高さに感動。飲みものと一緒に氷を入れるとギンギンに冷えるので夏にぴったりということもあり、本気で愛用しまくっている。

使えば使うほど愛着が湧く
使えば使うほど愛着が湧く
と、思わず肩に力が入って長くなってしまったが、その酒器を実際に店舗で扱ってくれているのが、中目黒にある「ブリックアンドモルタル」というお店。本当は発売日に様子を見に行きたかったんだけど、どうしても都合がつかず、先日ようやく訪れることができた。

中目黒「ブリックアンドモルタル」
中目黒「ブリックアンドモルタル」
現物はとっくに手にしていたが、店頭に並んでいるところを見ると感慨もひとしお。また、お店がものすごくおしゃれな雑貨のセレクトショップでありながら、モチーフとなった缶チューハイを一緒にディスプレイしてくれていて、その異様な光景にも嬉しさを感じた。

横には太田和彦先生プロデュースの酒器も
横には太田和彦先生プロデュースの酒器も
お店の方々にも無事挨拶ができ、なんとなくひと段落。今までにないタイプの感慨を胸に、中目黒の街を駅へと向けて歩きだす。なんだか無性に「ひとり打ち上げ」がしたい気分だ。お昼を好物のカレーや立ち食いそばで済ますんじゃなく、ビールでも飲みながらのんびりとうまいもんを食べる。まぁ、いつもやってることではあるんだけど、とにかく今のこの感慨を、なるべくじっくりと堪能しておきたい。

夕方ならば、大好きな「藤八」「和食屋 だれかれ」「晩酌 銀紋」あたりで一杯ということになるけれど、今はまだ昼間。正直、自分の人生にあまり縁のなかったおしゃれタウン中目黒で、ランチなんてほとんどしたことがない。つまり、店の当てがない。と思いながら歩いていたら、目の前に「大樽」が現れた。そうだ、大樽があった! 昼間っから飲めて、まったく気どったところのない、中目黒の酒飲みたちに愛される大衆酒場。

「大樽 目黒川店」
「大樽 目黒川店」

相変わらずのサービス価格だ
相変わらずのサービス価格だ
なにも、中目黒だからって背伸びすることはない。考えてみればこういうなんでもない酒場こそ、僕の打ち上げ会場にはぴったりじゃないか。と、迷わず入店。

「サッポロラガービール」(500円)
「サッポロラガービール」(500円)
まずは「赤星」こと「サッポロラガービール」を注文。なんと大サービス価格で、大瓶が500円。ビール大瓶激安競争がくり広げられている、大阪の酒場にも引けを取らない安さだ。

とぷん、とぷんと慎重に注ぎ、泡とビールの比率がちょうどいい具合になったところで、勢いよくぐびり! ......あ〜、全身の力が抜ける。

この店は不思議な作りになっていて、メインのフロアの周りにぐるりと、壁で仕切られた廊下くらいの幅のスペースがあり、そこにも席が並ぶ。大きな窓辺で解放感があり、窓ガラス1枚挟んだ真横を、学生や、ベビーカーを押すママさんや、勤め人や、老人や、中目黒ならではの何者だかよくわからない人たちなどが行き交ってゆく。

それが落ち着かない人は落ち着かないかもしれないが、昼間っから酒を飲むことにとっくに罪悪感など抱かなくなってしまった僕にとっては、特等席なんだよな。目の前には風に揺れる目黒川沿いの桜の木々、かすかな蝉の声、キンキンに冷えたビール......。

解放感!
解放感!
さてつまみはどうしよう。まだ昼を食べていないから、ランチメニューから選んでみるか。「ミックスフライ定食」「焼き魚定食」「とりからあげ定食」「肉野菜炒め定食」「もつ煮定食」「生姜焼き定食」が600円で、「ロースかつ定食」のみ650円。

うわ、激安。う〜んそうだな、こんなふうに自分を労いたいときの定番は......うん、ミックスフライ。そう相場が決まっている。という話を、聞いたことがあるようなないような。いや、ないな。でもまぁ、今の気分はミックスフライ定食だ。それから、今日はちょっと贅沢に、早めに出てきそうな「にら玉」も追加しちゃえ。定食がやってくるまで、それでちびちびビールを飲むんだ。

「にら玉」(380円)
「にら玉」(380円)
狙い通り、すぐにニラ玉はやってきた。玉子数個ぶんを使ったと思われる巨大サイズをぱたんぱたんと折りたたんだような、無骨だけど頼もしいニラ玉。強めの塩気とニラの風味で、ビールがぐいぐいすすむな。

「ミックスフライ定食」(600円)
「ミックスフライ定食」(600円)
やがてミックスフライ定食も到着。お〜、ははは、なるほど、これはいい! 信じられない人もいるかもしれないけれど、酒場には「絶品すぎない」良さ、「豪華すぎない」良さというものがある。その「いつもの感じ」が、我々庶民にそっと寄り添い、心をやんわりとときほぐしてくれるような。

メインのミックスフライ
メインのミックスフライ
この大樽のミックスフライ定食が、まさにそれだ。ごはん、みそ汁、漬物をベースとし、600円という激安価格のなかで、なんとか入れ込めるだけのフライものを入れ込もうという心意気。その結果が、アジフライ、コロッケ、揚げ餃子の3種。なんて、なんて愛おしい定食なんだろう!

まずは揚げ餃子から
まずは揚げ餃子から
まずは揚げ餃子に醤油をたらし、カリリとかじる。肉と野菜の旨味がしっかり感じられる餡がたっぷりで、ちゃんとうまいぞ! 白メシがすすむ。

続いて、アジフライの半身に醤油をかけてかぶりつく。おぉ、これもサックサクの揚げたてで、身がふわふわで美味しい。

ビールをぐいっとやり、みそ汁をズズズ。すると具が、キャベツ、玉ねぎ、もやし、ニラという、あきらかに酒のつまみ食材のストックを活用した野菜たちで、これまた目尻が下がる。

後半はもちろんソースで
後半はもちろんソースで
アジフライのもう半身とコロッケには、ソースをどぼんどぼんと遠慮なく。やっぱりフライもの×ソース味は強力だな〜! しかも、コロッケはしっかりカレー風味ときた。

シメの丼
シメの丼
それぞれの味わいをしみじみとかみしめながら食べすすみ、いよいよ全体が残り少なくなってきたところで、すべてをひと皿に合体。「ミニソースコロッケニラ玉丼」を生成し、おかわりした200円のチューハイでがつがつと流し込めば、ふぅ、庶民の幸せ、ここに極まれり。

明日からまた、なんとかできる範囲でがんばって、生きてみるとするか〜。

取材・文・撮影/パリッコ