初ヒット後に守備に就く際も祝福を受けた加藤だったが、数日後には戦力外に。しかし、マイナーながらメッツと再契約を果たして再びチャンスをつかんだ
初ヒット後に守備に就く際も祝福を受けた加藤だったが、数日後には戦力外に。しかし、マイナーながらメッツと再契約を果たして再びチャンスをつかんだ

「これがメジャーリーグライフなので」

4月14日(現地時間。以下同)、加藤豪将(27歳)はヤンキースタジアムの自身のロッカーの前で、アップダウンの激しい日々を笑顔で語った。

今季、トロント・ブルージェイズの開幕ロースターに入った加藤は、4月9日に代走として悲願のメジャーデビュー。その翌日にはマイナー降格。さらにその4日後、チーム内でケガ人が出たためニューヨーク・ヤンキース戦前にメジャー再昇格と、慌ただしい毎日を過ごしていた。

「3Aとメジャーを行ったり来たりする機会があるだけでもうれしいですよ。どういう役割かはわからないですけど、常に準備はしておきます」

決して華やかなだけではない〝メジャーリーグライフ〟。短期間に何度も長距離移動を余儀なくされた、加藤の過酷さも容易に想像できる。それでも、長い年月をマイナーで過ごし、多くの試練を経験してきた背景を考えれば、どんなに厳しい日程でもメジャーの舞台に立つ喜びは大きかったに違いない。

1994年、米カリフォルニア州で日本人の両親の元に生まれた加藤は、18歳で迎えた2013年のMLBドラフト2巡目(全体66位)で、ヤンキースから指名を受ける。日本国籍を持つ選手(注・加藤はアメリカと日本の国籍を持つ)がMLBドラフトの全体100位以内で指名されたのは史上初のこと。

同年のヤンキース1巡指名選手が、今やMLBのスーパースターであるアーロン・ジャッジだったことを考えても、加藤がどれほど高く評価されていたかがうかがい知れる。

ただ、そこから先は〝茨の道〟だった。内外野のさまざまなポジションを守れる守備力を買われ、マイナーでも一歩ずつ階段を上がったものの、パワー不足もあって「トップクラスの有望選手」という扱いは受けなかった。

徐々にパワーアップした19年には3Aで打率.279、11本塁打、OPS(出塁率+長打率).825と好成績を残すも、名門チームの層の厚さに阻まれてMLBデビューは果たせなかった。

19年限りでFAになり、20年はマイアミ・マーリンズの傘下、21年はサンディエゴ・パドレスの傘下でプレー。昨季は3Aの114試合で打率.306、8本塁打と活躍したが......それでもメジャー昇格の機会はなし。気づけばプロ入り10年目を迎えていた。

これだけの不遇を味わえば諦めても不思議はない。しかし、タフなマイナー生活でも加藤は明るさを失わず、少しずつ実績を積み重ねていった。素直な性格で誰からも愛された加藤は、過去の3A時代に、ハードな日々をこう笑い飛ばしていた。

「ドラフト指名された年は食事が良くなかったので、栄養補給が大変でした。今でも体重を落とさないように、スナック菓子なども入れると5食くらい食べています。移動はバス1台だと厳しいんですが、3Aでは2台。横になれるので楽ですよ」

プロ入り当初、少年の面影を残していた加藤は徐々に、確実にたくましさを増していった。昨季終了時点で「メジャー昇格は目前」という印象も残していただけに、ブルージェイズに移って迎えた今季、27歳にしてメジャーにたどり着いたことも、もう驚きではなかった。

前述どおり、4月9日にメジャー初出場を果たすと、27日には、ホームでのボストン・レッドソックス戦で初ヒットを放った。8番・セカンドで先発出場した加藤は、4回の第2打席で、レッドソックスの先発マイケル・ワカの2球目をとらえる。弾丸ライナーの打球が左中間を切り裂き、二塁に達した加藤は両手を上げて笑顔を見せた。

「二塁上からダッグアウトを見たとき、チームメイトたちが幸せそうなのを見てこちらも幸せになりました。僕のために喜んでくれていたのがうれしかった。彼らやスタッフがいなければ成しえなかったことなので」

試合後、MLB公式サイトから発表されたコメントには、10年目にして夢を叶(かな)えた男の喜びがにじんでいた。

ハリウッド映画であればここで〝ハッピーエンド〟だが、波乱の道のりはその後も続いている。初安打からわずか4日後にまたもマイナー降格。5月4日には、ロースター40人枠を空ける目的で、加藤はブルージェイズから事実上の戦力外通告を受けた。非情にも思えるが、これもまた生き馬の目を抜くようなメジャーの厳しさというべきか。

しかし、この試練に直面しても、加藤の闘志は衰えていないはずだ。ここまで我慢に我慢を重ね、サバイバルを続けてきた彼なら、また這(は)い上がってくるに違いない。

今季、メジャー昇格直後に加藤が話していたこんな言葉が思い出される。

「もう野球始めて20年くらいたつんですけど、ずっと『メジャーで開幕ロースターに入って、5万人の観客の前に自分が立ったらどういう気持ちだろう』って考えていたんです。涙が出るのかなって。でも、実際はそれほどでもなかったんですよね。

結局、自分にとって大切なのは、メジャーに行くことより、『自分のポテンシャルを最大限に発揮したい』ということ。そうして〝最高のチームメイト〟になることが目標だと気づいたんです。メジャーの打席に立つとか、ヒットを打つといったことはあくまで〝副産物〟。だから、焦りは全然ないんですよ」

そんな加藤に、さっそく新たなチャンスが訪れた。5月7日、ニューヨーク・メッツが獲得を申し出て、マイナー契約ながら40人ロースター入りを果たしたのだ。現在、ナ・リーグ東地区首位を突っ走るメッツの一員として、ニューヨークでデビューする日も近そうだ。

本人の言葉どおり、〝10年目の初安打〟は加藤にとってのゴールではなかったのだろう。その充実したメジャーリーグライフは、この先もまだまだ長く続いていくだろう。

取材・文/杉浦大介 写真/アフロ