チェイス・アンリをフカボリ!
チェイス・アンリをフカボリ!
不動のボランチとしてジュビロ磐田の黄金期を支え、2006年開催のドイツワールドカップには、日本代表の中心メンバーとして出場。日本サッカーが世界水準へと飛躍していく瞬間をピッチの中央から見つめていた福西崇史。 

そんな福西崇史が、サッカーを徹底的に深掘りする連載『フカボリ・シンドローム』。サッカーはプレーを深掘りすればするほど観戦が楽しくなる! 

第31回目のテーマは、ドイツ1部のシュツットガルトと契約したチェイス・アンリ。抜群の身体能力を持つ注目の若手DFだが、「経験値のない現状で過剰に期待し過ぎるのは酷」だと福西崇史は語る。

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将来の日本代表のCBとして期待されているチェイス・アンリが、本格的にプロサッカー選手としてのキャリアを歩むシーズンが始まります。

今春に福島県の尚志高校を卒業すると、Jリーグを経由することなくドイツ1部のシュツットガルトと契約。しばらくはU−21チームに所属して、4部相当のリーグを戦うセカンドチームでプレーすることになるそうです。

昨シーズンにジュビロ磐田からシュツットガルトに移籍した伊藤洋輝のケースからもわかりますが、シュツットガルトは若手選手の育成にも定評があるので、チェイス・アンリがどこまで大きく成長するかは楽しみなところです。

シュツットガルトには日本代表の不動のアンカー・遠藤航が在籍し、伊藤もプレーしています。アメリカ人の父親を持ち、中学までアメリカで育ち、英語が堪能なチェイス・アンリとはいえ、同じチームに日本選手がいることは成長への後押しになるでしょうね。

昨季加入した伊藤も、ジュビロ磐田から移籍した当初はセカンドチーム所属になる予定でした。それがキャンプで認められてトップチームでプレーすることになると、瞬く間にチームに不可欠な存在になりました。シーズンを通じて結果を残し、6月の国際親善試合では日本代表にもデビュー。ワールドカップ・カタールを戦う日本代表入りに向けて大きなアピールをしましたよね。

チェイス・アンリにも、ついつい伊藤と同じような過程を期待したくなるところです。プレシーズンで結果を残せれば、トップチームに加わる可能性はゼロではないと思います。ですが、それを過剰に期待し過ぎるのは酷な気がします。彼の現状を踏まえれば、今シーズンはサッカーというゲームのなかで求められる経験値を積んでもらいたいと思っています。

なにもチェイス・アンリが、伊藤よりも劣ると言いたいわけではないですよ。ただ、伊藤とチェイス・アンリの間には、サッカー歴に大きな差があります。

伊藤は小学生の頃にサッカーを始め、中学からはジュビロ磐田の下部組織で育ちました。ボクもジュビロ磐田時代の伊藤を知っていますが、若い頃からキック精度を含めた技術という部分は、しっかりしたものを持っていました。そうした下地があって、フィジカルのサイズや強度的にもブンデスリーガに対応できるだけのものがあった。その上で戦術を理解することができたからこそ、予定よりも早くにトップチームへ昇格することができたわけです。

一方のチェイス・アンリはと言うと、188センチ、80キロで、スピードにも恵まれているフィジカル能力の高さを活かして、メキメキと頭角を現しましたが、サッカーを本格的に始めたのは中学入学から。まだサッカー歴は7年ほどに過ぎないことを忘れてはいけません。

それがよく表れたのが、6月のU−23アジアカップでした。21歳以下の選手で臨んだ日本代表は3位になりましたが、チェイス・アンリは左CBでグループリーグ2試合と、決勝トーナメントの韓国戦、ウズベキスタン戦にスタメン出場しました。

よく戦ったという見方もできますが、ひとつひとつのプレーを精査すると、率直に言えばまだサッカーが上手ではない。ボールを止める、蹴る、走ることはできますが、プレー展開を読めないために守備が後手に回ってしまう。身体能力の高さで守っているので不用意に足をのばしてファウルをしてしまう。そういうシーンがたびたびありましたよね。

でも、これは仕方がないんです。なぜならサッカー歴がまだ7年しかないわけですから。守備というのは、ある程度の経験則からプレー展開を先読みし、ポジショニングなどで事前準備をして初めて安定感が出てくるものなので、7年しかキャリアのない選手にそれを求めるのは酷なわけです。

僕もそうだったので苦労しました。チェイス・アンリに比べれば早い時期にサッカーを始めたけれど、本格的にサッカーに取り組んだのは中学から。高校時代もプロ選手はもちろん、世代別代表だって夢のまた夢。別次元の話でした。

そういう経験のない選手というのは、プレー展開の先を読めないから後手を踏んでしまう。それでも攻撃的なポジションなら、パスを受けて自分から仕掛けていけるので先手を取れますが、守備というのは基本的に受け身。だからこそ、いかに相手のプレーを先読みし、準備をするかが大事で、これがないから後追いの守備になってしまうわけです。

守備が後手になると、無理に体を入れたり、足を伸ばしたりなどして止めようとした結果、ファウルになってしまうことが少なくないんですね。今まではこうしたフィジカルまかせのプレーでも止められていたのが、チェイス・アンリのすごさでもあるわけですが、相手のレベルが上がっていくと通じなくなってしまいます。アジアカップでの後手を踏む守備が目立ったのも、相手のレベルが高校サッカーよりは高かったからですよね。

ただ、こうした経験則は、単純に試合を数多くこなして学ぶしかないものなんですね。僕はジュビロ磐田に入団してからポジションをフォワードからボランチに変えたので、なおさら経験値はありませんでしたから、最初のうちは試合はもちろん、練習のときからいっぱいいっぱいでした。でも、当時のブラジル代表主将だったドゥンガがチームに加わったことで、ボランチというのはどういうものかを間近で学べた。これが本当に大きなことでした。

チェイス・アンリもその点ですばらしい環境を選択したと思います。ブンデスリーガの高いレベルでプレーするディフェンダーがいるし、同じ日本選手の遠藤がいて、伊藤がいる。壁に当たったときに相談しようと思えば、相談できる相手がいる。そういう環境でサッカー選手としての経験則を高めていけるだけに、今後を期待したくなってしまうわけです。

経験則というのは一朝一夕で手に入るものではないですが、数をこなしていけば、ある程度は先を読むことができるし、戦術眼も養われていきます。でも、フィジカル能力というのは、先天的な部分が大きくて、後天的に高められる部分は限られています。

チェイス・アンリは世界中のクラブが欲するほど、先天的なフィジカル能力の高さがあるわけです。あとはサッカー観を養っていければ、想像できないほど世界的なDFになる可能性も秘めています。でも、外野からの期待値は勝手なものと割り切って、いまは焦らずにじっくりと目の前にあるサッカーに真摯に取り組んでもらいたいと思っています。そして、"本物"のサッカー選手になったときに、日本代表不動のCBとして君臨してくれることを楽しみにしたいですね。

構成/津金壱郎 撮影/鈴木大喜