「人事評価制度があれば、従業員がやる気を出すはず」
こんなことを考える経営者は、特に中小企業、ベンチャー企業に多い。この制度によって人事評価の基準が透明化され、昇給するには何をすればいいのかが明確になるため、従業員は仕事に励むようになる。そうなればきっと業績も向上するはずだ。経営者は頭の中でこんな皮算用をする。

『中小ベンチャー企業を壊す! 人事評価制度 17の大間違い』(白潟敏朗著、すばる舎刊)は中小ベンチャー企業経営者のこんな期待を一蹴する一冊。人事評価制度にまつわる誤解を指摘し、その性質と本来の導入の意味を解いていく。

なぜ人事評価制度はこうも経営者の期待を集めるのか。今回は著者である白潟総合研究所代表取締役社長の白潟敏朗さんと同社取締役の石川哲也さんに、この背景について語っていただいた。後編では「人事評価制度はそもそも必要なものなのか?」という根本的な疑問に迫る。

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■こうして経営者は人事評価制度に「逃げる」

――本書でも解説されているように、人事評価制度には多くの誤解があります。よくある誤解と、その誤解がどんな結果を招くのかについてお話をいただければと思います。

白潟:たとえば「人事評価制度を入れて評価の基準が見えるようになれば、従業員のモチベーションが上がる」と考える経営者の方は多いのですが、これは誤解ですね。モチベーションについて言うなら、マイナスがゼロになることはあっても、ゼロがプラスになることはありません。

石川:制度を作ったところで何も変わらないというのはこれまでにお伝えした通りですけど、一番まずいのは制度を作って何も変わらない、変えてみたけどやっぱり変わらないというのを繰り返してしまうことです。

つまり人事評価制度の導入と改定にエネルギーを注ぎ続けてしまうことが組織にとって一番まずい。中小ベンチャー企業の社長が人事評価制度に悩み続けるのは最悪です。そこにエネルギーを使うくらいなら事業に注力しましょう・マネジャーの育成に注力しましょうという話なんです。それをやらずに人事評価制度を導入して作りこんで、というのはエネルギーとお金と時間のムダ遣いです。

――ある種の「逃げ」ですよね。

石川:売上を上げようと思ったら、事業をより誇れるものにすべきだし、いいマネジャーを育てるべきです。人事評価制度に期待するあまり本質から目を背けてしまう、というのが経営者としては一番良くないんです。

白潟:あとは評価シートを緻密に作りこめば作りこむほどいいというのも誤解ですね。

石川:これは多いですね。

白潟:ただ、経営者側も精緻な評価基準や評価シートを「こんなのがありますよ」と見せられるとお金を払ってでも欲しくなってしまうんですよ。コンサルタント側は精緻なものを作れといわれたらいくらでも作れるのでそこで利害が合致するという。

――コンサルティング先で精緻な評価基準が欲しいと言われたらどうしていますか?

白潟:社長の考え方をベースに一度作って、実際の運用についてシミュレーションしています。そうすることで、精緻なものを作っても、人員も時間も限られていくなかで運用していくのは難しいということに気づいていただけるんです。

石川:5段階評価ならまだいい方で、10段階評価の会社もかなりありますよ。6と7の違いは一体何なのか、という(笑)。

――ただ、マンパワーの違いこそあれ、大企業では精緻な評価基準が運用されているわけですよね?

石川:大企業って、そこに勤めていること自体に従業員がある程度満足しているっていう前提があると思うんですよ。そこで評価項目がものすごく多くて、点数基準が非常に細かい評価システムが運用されていても、従業員はそれが昇給や昇進にどうかかわるのかよくわかっていないはずですし、その会社に勤めていることに満足している従業員たちのほとんどはそこを深く知ろうとはしません。大企業においては複雑で精緻な人事評価制度の方がマッチしているのだと思います。

白潟:ただ、繰り返しになりますがそれを中小企業がマネしようとしてしまうと、いい結果にならないんです。大企業がやっているからといって「うちもそういうふうにしないと」と考える必要はまったくありません。

石川:事業づくりも組織づくりも大企業と中小ベンチャー企業はまったく別の競技だと考えるべきです。少なくとも大企業の人事評価制度をマネしたからといって業績は上がりません。学び、マネをすべきは大企業が「今」何をしているか?ではなく、大企業になる「過程」で何をしたかだと思います。

――では中小企業の人事評価でポイントになるのはどんな点になるのでしょうか?

石川:大企業の人事評価制度はある程度システマチックで、運用の負荷、つまり人事部として取りまとめる負荷が少ない制度が求められると思いますが、中小ベンチャー企業の場合は制度がどうこうというよりは「どれだけ人を見られるか」という点に尽きるのではないでしょうか。

それを考えると、人事評価制度に則って点数をつけることで疲弊してしまうようだと部下も上司もやってられません。厳密に点数をつけるというよりも面談の機会を多く設けるなど部下をしっかり見てフィードバックする仕組みにしていくべきだと思います。

――「本来、人が人を評価するのはまちがっている」という視点から「そもそも人事評価制度はうまくいくはずのないもの」とされていました。だとすると、企業側は人事評価制度にどのような期待を持つことができるのか、どんな狙いで導入すべきなのか、についてお話をいただければと思います。

白潟:人事評価制度は、なければないで従業員のモチベーションが下がるんです。たとえば従業員40人くらいの会社があったとして、人事評価シートもない給与テーブルもないという状態だと、自分の給料がどうやって決まっているのかさすがにみんな興味を持つでしょうし、それが不透明だと不安になるじゃないですか。そういう状態だとモチベーションは下がるわけです。

だからざっくりとした評価シートや昇格・昇給の仕組みを見せてあげることは大切なことです。モチベーションをマイナスにしない、あるいはマイナスだったモチベーションをゼロまで戻すというのが人事評価制度の一番の価値だと思います。ただ、繰り返しになりますがゼロ以上に高めることは期待してはいけません。

石川:逆に言えば、組織内で何か問題が起きるまでは人事評価制度なんて作る必要はないんですよ。大体20名前後が1回目の人事評価制度をつくるか検討すべきタイミングだと思います。そのあたりで経営者の目が届かなくなってくるので。

――作らないで問題がないのであれば、それに越したことはない。

白潟:そうです。私のクライアント企業で、従業員が150人いるのに人事評価制度なしという会社があります。そこの会社は全員5000円ずつ定期昇給があって、インセンティブ制度は別にある。それで問題が起こっていない以上、これで十分なんですよ。

石川:成果を出していてもいなくても、この会社でがんばっていれば定期昇給で給料は上がるという安心感があるでしょうし、成果を出せばインセンティブで賞与が出る。この2本立てで十分に組織は回るということですね。

――最後にお二人から、本書の読者となる中小企業の経営者やボードメンバーの方々にメッセージをいただければと思います。

白潟:とにかく誤解しないように、期待を持ちすぎないように、人事評価制度という「道具」を使っていただきたい、ということですね。

石川:人事評価制度を変えたくなったら、一度立ち止まってください、と伝えたいです。「人事評価制度を入れれば組織が変わるんじゃないか」とか「今の人事評価制度は何かおかしいんじゃないか」と思う時は、だいたいそこ以外に課題があります。

まずは組織にとっての本当の課題を考えてみて、それでも人事評価制度を入れた方がいい、あるいは今の人事評価制度を変えた方がいいと思ったなら、改めてこの制度の役割を知ったうえで、期待しすぎず、完璧なものを作ろうとせず、変え続ける前提で作りましょう、と言いたいですね。

(新刊JP編集部)

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